どうやら全員無事救助できたことにホッと胸をなでおろすオディール。ただ、ミラーナと楽しく暮らしたいだけなのに人殺しになんてなんてなりたくないのだ。

 さて、どうするか……。

 ボロボロの王子の兵士たちを見わたし、オディールはニヤッと笑うとグッとこぶしを突き上げながら叫ぶ。

「王子を捕虜として差し出しな! それで許してあげる。まだ戦うなら今度は雷百連発だよ!」

 特大の雷が一発ピシャーン! と兵士たちの目前に落ちた。

 その地響きを伴う激しい落雷に兵士たちは恐れおののき、お互い顔を見合わせる。王子を敵に差し出すなど重罪だ。本国に知れたら家族もろとも厳罰に処されてしまう。しかし、こんな雷を次々と落とされたらとても逃げる自信などない。そもそもオディール達には救助までしてもらっている。もはや恩人なのだ。

 やがて、うなずきあった兵士たちは王子を取り囲む。

「敗戦の責は将にあり。お覚悟を」

 兵たちは王子に剣を抜いた。元々みんな王子には失望していたので、王子をかばうものは誰もいなかった。

「き、貴様ら! 王族に剣を抜くとは重罪だぞ!」

 王子はトラックの上で剣を振り回しながら喚き散らすが孤立無援、なすすべがなかった。

 やがて石つぶてが投げられ始め、必死にそれを避けていたが王子だったが、風魔法の小さな竜巻が王子を襲う。

 ぐわぁ!

 王子はぐるぐると回されて巻き上げられるとそのまま地上に転落。あっという間に捕縛されてしまった。

「俺の彼女の恨みだ! 思い知れ!」

 一人の兵士が怒りを込め、王子の顔を蹴る。

「そうだ! 好き勝手やりやがって!」「そうだそうだ!」「思い知れ!」

 他の兵士たちも次々と王子を蹴り始めた。

「ぐはっ! 止めて! 止めてくれよぉぉぉぉ!」

 泣きながら叫ぶ王子だったが、こうなってはもう止まらない。

 今までの王子の乱暴狼藉への恨みが吹きだし、王子はボコボコにされてしまう。

(おご)れるものも久しからず、ただ春の夜の夢の如し……」

 オディールはその無情な結末を見ながらつぶやいた。権力におぼれた者の末路は悲惨であり、それは領主である自分の未来にもなりうる。オディールはその光景を一生忘れないようにしようと唇を強く結び、誓いを立てた。


        ◇


 魔道トラックを修理した兵士たちはオディールたちに一礼をすると、王都へと帰っていく。

 顔がボコボコに腫れあがった王子は、自警団に連れられ牢屋へと運ばれていった。

 王子は捕らえたものの、王家とはどういった交渉をすればいいのだろうか? オディールは腕を組んで考えてみるが、戦後処理などやったこともないので皆目見当がつかない。

 オディールは大きくため息をつくとミラーナを見た。

「ミラーナ、僕らも帰ろう」

 しかし、ミラーナはショックを受けているようで、無言のままうつむいている。三百人のむき出しの悪意に晒された衝撃は十七歳の少女には耐えがたいものだった。

「これからも……、こんなことが続くのかしら……」

 ポツリとミラーナがこぼす。

 その悲痛な声がオディールの心に刺さった。十七歳の少女を戦争に巻き込んでしまったことは本来なら許されるような話ではない。メイドを続けていればこんな目には遭わなかったのだ。

 オディールは何か言おうとして口を開けたが、どんな言葉も空虚に思えてすべて消えてしまう。言葉を失ったオディールは、沈み、うつむくミラーナをそっと引き寄せるとハグをした。トクントクンとミラーナの心臓の鼓動が伝わってくる。

「ごめん……」

 オディールはキュッとミラーナを抱きしめた。

 戦争は世の常、これで終わりとは到底思えない。今回は無難にこなせたからいいものの、自分たちの弱点を徹底的に研究されてきたらどうだろうか? ボコボコにされるのは次は自分たちかもしれない。破滅の預言がオディールの脳裏をかすめ、キュッと胸が苦しくなる。

『街は捨て、ミラーナと安全なところへ逃げれば……』

 オディールは自然と湧き上がってくる弱気な誘惑にハッとして、ブンブンと首を振った。

 セント・フローレスティーナは自分が主導したみんなの夢と希望の詰まった花の都なのだ。今さら逃げるなんて到底許されることではない。それこそレヴィアに焼き殺されてしまう。

 オディールはゆっくりと何度か大きく息をつくと覚悟を決め、ニコッと微笑むとミラーナをまっすぐに見つめる。

「大丈夫! 何があっても必ず僕が守るからさ」

 ミラーナは涙を浮かべた目でチラッとオディールを見ると大きくため息をつき、目をつぶると静かにうなずいた。


       ◇


 オディールはメンバーを会議室に集め、王家との交渉について相談する。

 ローレンスは手を組み、オディールを見据えると淡々と言った。

「ハーグルンド国王に仲裁役に入ってもらい、王子の身柄と引き換えに賠償金を請求しましょう」

「でも、あのバカ王子また攻めてくるよ?」

 オディールは渋い顔で首を振る。

「なるほど、そういう人ですか。なら処刑しましょう」

 当たり前のように言うローレンスにオディールはドン引きする。

「え? いや、それはちょっと……」

「侵攻してきた以上、殺されても文句言えないと思いますが?」

 ヘーゼル色の瞳がオディールを射貫くように見つめる。そこには『領主として毅然(きぜん)たる態度で臨んで欲しい』というローレンスの想いが映っていた。とは言え、オディールの基本は平和を謳歌してきた日本人サラリーマン、王子を処刑するという決断など到底無理だった。

「ま、そうなんだけどさ……」

 オディールは苦虫をかみつぶしたような顔で視線を逸らす。

 ローレンスはふぅとため息をつき、トントントンとペンの後ろでノートを軽くたたいた。

「では、廃嫡(はいちゃく)、島流しも条件に入れましょう」

 クルっと器用にペンを回すとノートにメモしていく。

 元婚約者のキラキラとした王子との確執がまさかこんな結末を迎えようとは……。思いもよらない結末へと運命の歯車が回る中、オディールは感慨に浸りながらため息をつき、肩を落とした。

 この高慢な女好きの男も、王子として生まれなければ他人に愛される好青年であったかもしれないのだ。そういう意味では歪んだ貴族社会の犠牲者とも言える。

 それにしても、廃嫡島流しなんてして大丈夫なのだろうか? 王家内で相当の反発が予想される案に、オディールは眉をひそめる。もし、破滅の預言が現実化してしまうのだとしたら、このトラブルがきっかけかもしれない。そんな考えがオディールの脳裏をよぎり、胸がキュッと締め付けられる思いがして、思わず胸に手を当て、目を閉じた。