「セレーナ様、どうしてこのような時間に門の外に? 危険でございますよ」
「……分かってるわ、そんなこと。それを承知で、あなたを待っていたの。アルバ」
「な、なんでまた俺なんかを? こんなことをしていたら、叱られますよ。あなたは、兄の婚約者なんですから。早く兄の元へお戻りになったほうが……」

セレーナ・アポロンは、兄であるクロレルの婚約者なのだ。

アポロン伯爵家とハーストン辺境伯家の領地は、隣接関係にある。そこで、よい外交関係を築くために、この婚約は一年ほど前に成立した。

どちらも19歳、世間からは美男美女でお似合いだと言われており、入籍の日も近いと噂されている。

……だが、クロレルと入れ替わっていた俺は三か月の間に知ってしまった。
表向きは婚約者として振る舞っていても、実際は不仲であり、ほとんど会話も交わさない関係であったことを。

どうも、セレーナは直感的に兄がどうしようもないクズ人間であることを察していたらしい。

俺がクロレルとして、ちょっとにこやかに話しかけてみても反応はほとんどない。
必要な時に、一言二言返事をくれる程度であった。


……普通ならとっくに心が折れているところだが、俺は珍しくあきらめなかった。

セレーナが容姿端麗なだけでなく、人材としても優秀であることは知っていた。
ならば彼女に、あの無能な兄がどうにか領主としてやっていけるよう支えてもらえばいい。

そう考えた俺は、彼女に愛想をつかされないよう必死で振る舞ったのだ。

結果として、はじめはまったく心を開いてくれなかった彼女とも、多少は親しくなることができた。少なくとも、俺はそう思っている。

この街に残っていた唯一の未練とは、彼女のことだ。


最初こそ、ひとえに兄のためと思っていたが、接するうちにそれだけとは割り切れなくなっていた。
彼女が俺ではなく、クロレルに対して心を開いていることも分かったうえで、最後に一言、挨拶くらいはしたかった。

本当は入れ替わっていることだって、口にしたかった(死ぬから無理なのだが)。


だから会えて嬉しい。
……嬉しいには嬉しいのだが、彼女がここにいる理由がまったく分からなかった。

セレーナは俺たちの入れ替わりを知らないはずだ。
彼女にとって、今の俺は友人ですらなく、せいぜい『婚約者の弟』でしかない。

「いいのよ、クロレルのことはもう。どうでもいいの」
「それって、どういう意味ですか」
「言葉どおりよ。単純にあの人じゃない、とそう思ったから。なになら今すぐにでも婚約破棄してしまいたいくらい」
「……え。いやいや、なにを言ってるんですか。最近はあんなに仲よさそうだったのに?」

まさかの、どうでもいい宣言! さすがに俺は動揺を隠せなかった。

いや、気持ちは分かるんだけどね? 俺も、あんなクズ兄のことなんて、一個人としては心底どうでもいい。