旅立ちの日は、1か月以内ならばいつでもよい、という話だった。

その中から俺が選んだのは、通告のあった1日後だ。
この地を追い出されることをずっと望んでいたため、旅の準備はとうに整っていたのだ。

馬車を手配して街を出たのは、早朝ごろだ。

見送りも同乗者も、もちろんいない。というか、人目につかないで済むよう、この時間を選んだのだ。

……兄・クロレルが散々に振る舞ってくれたおかげで、俺は大層不人気なのである。

人通りの多い昼に出立すれば、どんな罵声や加害を受けるか分かったものではなかった。

馬車は街の大通りを進み、門の前まで着く。

この門の外と内では、環境にかなりの差がある。
街は大きな塀に囲われており、門の内側は、『良人(りょうにん)』と呼ばれる一定以上に身分の高い一部の人間のみしか入れない。
そのため、比較的安全な環境になっているのだ。

一方で、門から一歩外に出ると、山賊やらが出る可能性もあるし、場所によっては魔物が出るなんてこともある。

普段この外へ出ることは、あまりなかった。外交などでの遠征ぐらいだ。

「よろしいのですか、門を開けてしまって」

たぶん旅立つ俺に気を遣ったのだろう。
御者がわざわざこう確認してくれるが、俺は単に頷いた。

「あ、うん。お願いするよ」

むしろ、早くおさらばしたいくらいだった。街の人の誰とも遭遇する前に。

そもそもここでの生活に未練なんて、ほとんど皆無なのだ。
あくまで、「ほとんど」だが。

門番二人により、大門がゆっくりと開けられていく。
その隙間から徐々に強くなる光は、俺にとって希望の光のよう。俺は馬車籠から身を乗り出して、それを見る。

自由と解放への希望に胸が高鳴っていたのだが、門がすべて開いたとき、そこには意外な人物が待ち受けていた。

「セレーナ……様。なんで、こんなところに」

令嬢らしい豪奢な衣装は、まとっていない。シンプルな青地のワンピースを一枚纏っているだけの格好だった。

だが、それでも彼女が醸し出す雰囲気は、常人のそれとは違う。

『高潔な薔薇』とか『薔薇の聖女』とか称されているだけのことはある。
鮮やかな薄紫色の長い髪をまだ冷たい春風にたなびかせ、ただそこに立っているだけだというのに、そちらへ意識を引き込まれるのだ。

が、そこでなんとかとどまった。