「肉食べたい」

昼下がり。
ベッドの上に転がり天井を見つめながらそう呟いたのは、別になにか特別なことがあったからじゃなかった。

祝い事があったわけでも、筋トレをしたわけでもない。
が、ふとした瞬間にそう思っていて、口に出したらその思いはさらにはっきりした輪郭を持っていく。

そして、もう確信していた。

『俺は今ものすごく肉が食べたい』と。


その気持ちが、原動力となった。

村のために少し働いてから、肉にしよう。
俺はその思いで寝転がっていたところから、ようやっと起き上がる。

今日は朝ごはんと昼ご飯の時間以外は、ひたすらベッドにいたから、身体がなまっていた。
腕や足を延ばしながら、俺は着替えを行い、家を出る。

「ぼっちゃま! こんな早い時間に起きるなんて。もう身体は大丈夫なのですか?」

そこで出くわしたのは、おつきのメイド・メリリだ。
彼女は洗濯物を干しながら、不安げに俺を見る。

身体のことを心配されているのは、昨日が原因だろう。
村の家々に防風性を貸与するため、『有形生成』魔法で大量に囲いを作ったのだ。

その結果、魔力切れでダウンして、ずっと寝ていた。
まぁもちろん、単純に眠たかったというのもあるが。

「肉が食べたくなってな。今日の夜、お願いしてもいいか?」

俺はメリリに、単刀直入にこう尋ねる。
こう言えばだいたいは、了承してくれるのだけれど……

「え、お肉ですか。んー……ちょっと、ハム以外のものは今切らしてますね……」

待っていたのは、衝撃の肉なし宣言であった。

「まじか」

俺はショックから、一言こう呟いたきり声が出なくなる。
いきなり、肉へと繋がるはしごを、ばっさり落とされた気分だった。

「ぼっちゃま、大丈夫ですよ。メリリが豆からお肉に似た料理を作ってさしあげますから!」
「……ありがとう」

返事もつい曖昧なものになる。
そりゃたしかに、大豆でもなんとなく似た味が作れることは知っている。

が、俺は本物の肉が食べたいのだ。
できれば、いつか食べたクロツキノワくらい、うまい肉――。

そこまで考え至って、気づいた。ないなら、用意すればいいのだ。

「なぁメリリ。肉さえ用意したら、作ってくれるか?」
「もちろんですよ! できることなら、なんでもします。ぼっちゃま甘やかし専用メイドですから」
「助かる。じゃあ、俺、少し出かけてくるよ」
「えっと、どちらへ?」
「少し狩りに」

俺はそう残して、彼女の元を離れる。

そうして向かったのは、村の集会所だ。

そこで、村人に混じって魔道具作りをしていたセレーナにも、狩りへと出る件を報告しておく。

「……そう、いいわね、お肉。楽しみにしてる。そろそろ、捌きたいと思っていたの」

すると返ってきたのは、こんな発言だ。
食べることより捌くほうを楽しみにしていらっしゃるらしい。

とても元深窓の令嬢とは思えない。

まぁでも、これで捌き担当も、料理担当も確保できた。
あとは狩るだけだ。


俺は集会所を出ると、まずは村の外れにある檻へと向かう。
そこで俺は聖獣・サントウルフのブリリオを外へと連れ出すことにした。

『いかがしたアルバ殿』
「ちょっと狩りに行こうと思ってな。ついてきてくれるか? できるだけ早く移動したくて名」
『なるほど、アルバ殿のお役に立てるのならお供しよう』

一人と一匹さっそく森の中へと繰り出す。

するとすぐにネズミ型のモンスター・ラットーが飛び出してきた。
いくら肉でもネズミ肉はさすがに食えない。

そのくせに、チューチュー鳴いて煩わしい。

『いかがする?』
「無視でいいよ。あれは食べられない」

無駄なところで、疲労したくなかった。
俺はブリリオに跳びかかってくるそれらをすべて避けてもらい、さらに森の奥へと進む。
目当ては、とにかく肉。

できれば、美味しく食べられるやつ……!

そう思って血眼であたりを見わたすこと約数時間。

どうにも食用に適した魔物が見つからない。

そうして夕刻にさしかかって、あたりは暗くなりかかってきたときに、ついに見つけた。
なんのことはない草陰に、居眠り中のクロツキノワが。

『……今度はいかがする?』
「んー、悩ましいなぁ」

正直、ぐらついた。
だがしかし、魔物とはいえ、寝ている奴を襲っていいものか。寝込みになにかしてくる奴が俺は心底嫌いなのだ。

そんな嫌な奴に、俺がなりかねない。

しばらくブリリオの上で葛藤した結果、俺はそのクロツキノワをスルーすることを決める。


そんな俺の善行(?)を神が見ていたのかもしれない。
少し先で俺は、イノシシ型の魔物・チンギャーレに出くわしたのだ。

『三度目だが、いかがする?』
「倒すよ。ブリリオは少し離れててくれ」

俺がブリリオの大きな背から降りると、ブオー、と叫びながら彼らは三頭まとめて一気に襲い掛かってくる。

その角は、かなり鋭い。もし貫かれたら、簡単に肺が破れるとか聞いたことがある。まぁまぁな危険種だ。


……が、今の俺には危険度とかどうでもよかった。
チンギャーレは、もはや肉にしか見えていない。

俺は彼らがちょうど突進してきたところで、高く跳びあがる。そうしながら発動したのは、『縮突』。

風属性魔法をナイフに込めることで、ほんの一瞬のみ、その刃渡りを伸ばして、突きを見舞う技だ。

それを三連続で、チンギャーレ三匹それぞれの首元めがけて放つ。
着地してから、三匹の様子を見れば、もう息だえていた。

「ちょっと多すぎるなぁ、これ。傷なく倒せたし、質のいい肉が取れそうだけど」

俺は外れで見ていたブリリオにこう投げかける。

『……とんでもない早業だな、さすがだ我が主は。末恐ろしい』
「え、大根おろし?」
『いや、なんでもない。アルバ殿は、もう肉のことしか考えられないらしい。とりあえず帰って、早く肉を食べた方がいい。チンギャーレは、我が運ぼう』
「助かるよ。ブリリオにも、フスカにも食わせてやる」

そこから俺は、ブリリオとともに村へと戻る。


三匹も倒してしまったこともあった。
このままでは肉が腐ってしまいかねないからとセレーナの発案で、俺たちは村人たちも誘い、お肉パーティーを開催することになる。

「最高ですよ、アルバさん! やっぱりあなたは救世主だ! 俺たちにもこんな施しをしてくれるなんて」
「やめてくださいよ。ただ俺が肉食いたかっただけですよ?」
「またまた謙遜しなくてもいいですよ。俺たち村人はあなたにとても助けられてるんですから」

……謎にまた評価されることとなってしまったが、ともかく。

熟練の技術を誇るメリリの調理のおかげもあり、俺は望み通り、最高の肉にありつくことができたのであった。


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