「この、ふざけるなよ……!!!」

クロレルが我を失って怒り散らすのは、目に見えていた。

足は拘束していたので、彼はその場で剣を抜き、会場中に乱れ打つ。さっき結界は壊れてしまったから、その攻撃は場内を無差別に襲う。
会場内の各所から悲鳴が上がるが……、魔力を使えば一つ一つ対処するのは容易なことだった。

俺は縮地を連続して、それら一つ一つを風を纏わせたナイフで上空へと吹き飛ばす。
最後に、セレーナと協力し、水属性魔法によりクロレルの周りを水壁で囲んだら終わりだ。

場内には平穏がかえってくる。
見たところ、大けがをした人は誰もいない。


ほっと一息ついたところで、俺はある事実に気付いて、だんだんと青ざめる。

魔法を使えることが公になったうえ、その力で暴走するクロレルからセレーナを守り、さらには観衆を守った。
とっさの行動だったからとはいえ、こんなことが表に出てしまったら……

「おいおい、やっぱりさっきのセレーナ様の話は本当だったんじゃないか!? アルバ様は俺たちを守ってくれたぞ」
「いやいや、入れ替わりはありえないだろ。でも……、彼が今、俺たちを助けてくれたことだけはたしかだよ」

やっぱりこうなってしまう。
そして決定打となったのは、ここでフィールド内へと親父が出てきたことであった。

さぁっと、まるで砂山が一気に崩れるように血の気が引いていく。


偶然であるはずがない。
父は、俺が観衆から評価されるようになるこのタイミングを見計らっていたのだ。

彼は状況をよく俯瞰して、俺がこの騒動を鎮めるだろうことを予見していた。
だから、大事な領民たちが危険に晒されても姿を現さず、今になって出てきた。

「……アルバ。どうするの。義父上は、あなたの実力を知ってしまったわ。もう避けようがないんじゃないかしら」

セレーナが、隣から小さな声で言う。

俺は必死にどうにか状況をひっくり返す手を考えるのだが、思い付かない。
この状況ではどうやったって、クロレルが「悪」で、俺が「正義」になってしまう。


「皆の衆……! よく聞いてくれたまえ」

父が声を張り上げて、会場中の注目が彼へと集まる。
さすがにその威厳はケタ違いだ。すぐに、音がいっさいなくなる。

「愚息・クロレルが皆に危害をくわえるところだったのを、まずは謝ろう。すまなかった。しかしながら、それを我が息子・アルバが止めてくれた。これを私は大変うれしく思う!」

……あぁ、やめてくれ。

「入れ替わりがどうとかは、真偽は分からない。だがたしかに、あの時期のアルバはなにやら様子がおかしかった。それは私も思っていたことだ。今回の活躍で、その時の罪をすべて許せとは言うまい。
ただもう一度、アルバに機会をくれぬか?」

……あぁ、やめてくれ。
ここで歓声とかあげないでくれないかな、みんな。

「うむ。皆の衆が私に賛同してくれていることは分かった。
皆の理解が得られて助かる。いずれにせよ、このような騒動を犯したクロレルをこのまま次期領主候補の筆頭にはできないからね。
うむ。では、この場を持って宣言しようじゃないか」

繰り出される一言がなにか、俺はすでに分かっていた。
だんだんと気が遠くなっていく。頭の中がぐらぐらと揺れ始める。

「アルバ・ハーストン。我が第二子を次期領主候補筆頭として、正式にここに任命する」

宣告が下されると同時、拍手が起こる。
それを受けて俺が卒倒したのはいうまでもない。

「ちょっとアルバ?!」
「アルバ様!!!? いやだ、メリリを置いていかないでぇぇ~。いくなら、あたしも一緒にぽっくりと!!」

セレーナが、メリリが、俺をのぞきこむ。

メリリは盛大な勘違いをしているが、なにも死んだわけじゃない。
次期領主候補になってしまうという不都合すぎる結果にショックを受けて、失神しかけているだけだ。

いっそ完全に気を失えたら楽だったのだが、そうもいかないあたりが都合が悪い。

……あぁ、いつもなら二人の顔を下から見るのは、幸せに寝坊をしたときだけだったのに。なんて。

まったく予想のつかなくなった未来から目を逸らすように、俺は淡い現実逃避をするのであった。