「今でこそ落ち着いたように振る舞っているが、この愚弟は、アルバ・ハーストンは気高きハーストン家にはまったくふさわしくない狂暴性の高い危険な奴だ。こんな奴が次期領主でいいのか!? よくないよなぁ!?」
いや、暴行も窃盗も、俺と入れ替わってるときにあんたが犯した罪なんだけどね?
ただその事実を知らない観衆にしてみれば、刺激的かつ強い説得力を伴って聞こえたに違いない。
俺への批判が、観客スタンドの中から渦巻き始める。
いい流れがきている。いいぞ、もっとだ、その調子! そのまま俺を領主候補から外してくれ“
俺は批判の矛先を向けられた側でありながら、ひそかにその流れを応援していたのだが……
「そして、クズはアルバだけじゃない」
その一言から風向きが変わっていった。
クロレルがすーっと腕を上げ、指をさした先にいたのはセレーナだったのだ。
「そこにいるんだろ、セレーナ・アポロン」
あいつがもっとも強く目の敵にしていたのは、偏《ひとえ》に俺である。
それに、わざわざ探させるほどセレーナに未練を持っていたことも間違いない。
だから彼女は見逃してくれると考えていたのだが、はずれだったようだ。
模擬決闘の前に、クロレルが『徹底的に潰す』と言っていたことがよみがえる。たしかに、これは『徹底的』だ。
スタンドにいるセレーナへ、俺は焦って目をやる。
彼女はいつもどおり澄ました顔をして、そこにたたずんでいた。
立つこともせず背を曲げることもせず、ただ座ったままだ。
「あいつは、この俺の婚約者という素晴らしい立場になれたにもかかわらず、俺の元を離れて犯罪者のクズの元へと走った。俺と愛を誓ったのに、だ。
これはとんでもない不義理だ。クズのアルバにそそのかされたのかもしれないが、不倫をしていた事実は変わらない。そのせいで俺は心労から、失政をおかしたのだ!!!」
とんでもない、なすりつけであった。
自分の欲望を満たすためだけに動いた結果のすべてを、セレーナのせいにするつもりらしい。
「さて、もう一度問おう、聴衆よ。こんなカップルが認められていいと思うか? このままアルバが次期領主候補になるということは、こんな倫理観の欠片もないようなカスたちが次期当主の夫婦になるんだぞ!? いいのか!?」
それは、まるで黒い雲が一瞬で青空を覆うかのようだった。
「セレーナ嬢が不倫をしていたなんて……。最低……。憧れてたのに」
「普通は一般の見本にならなきゃいけない存在なのにね。アルバ様も最低だし、セレーナ様も最低。不倫行為なんて酷いわ」
「おいおい、大スキャンダルだ。すぐに街にばらまけ! 『高潔な薔薇』、犯罪者・アルバと禁断の不倫に走る! ってな」
明らかなる嫌悪感、敵意を孕んだ視線や声がセレーナへと注がれるようになる。
メリリが慌てて彼女のそばへと戻り庇おうとするが、もう遅い。
観客席にいるというのも、まずいようだった。
人間、身近にいる存在だと思うと、途端になにをしてもいいと勘違いしてしまうのだ。
心無い言葉が容赦なくぶつけられる。
自分へぶつけられる不満や批判なら、いくらでも耐えられた。だが、セレーナに対してそれが投げつけられるのは話が違う。
一言一言が、割れたガラスのように肌へと突き刺さる感覚で、実に耐えがたかった。
「ふざけやがって、クソアマ!! そんな清楚な顔して、不倫かよ!!」
そんな折、いよいよ刃物のようなものが彼女へ向けて投げつけられるのが目に見えたところで、俺はすぐ行動に移す。
「風よ、彗星がごとき推進力を。縮地活歩……!」
俺は詠唱ありで、両足へと貯めた魔力を風属性魔法へ変換する。
セレーナの元まで瞬時に移動し、その刃物をナイフで撃ち落とした。
辺りに睨みをきかせて、次なる攻撃に牽制を入れる。
これにより一応、暴力や非難の声は収まったのであった。