相変わらず、むかつくくらい容姿だけは整っていた。

さらさらな金髪も、鼻の高い顔も、たぶんなにも知らない女性が見れば、まず惹きつけられるだろう。
全身真っ黒で統一された戦闘用の衣装や防具、さらにはなんのためにそこまで長いのか理解に苦しむクロマントまで。
ふつうの人が着れば痛々しく見えよう格好だが、それすらも様にはなっている。

……とはいえ、いかに外側が綺麗に取り繕われていようが、中身がズタボロに腐敗しているのだからそうしようもないのだけど。

唇をゆがませて笑みを浮かべた彼は、大股で俺たちの元へと歩み寄ると、そのむだにたかい上背で俺を見下ろしてくる。

「よぉ。なんで来たんだ、アルバ。魔法も使えないお前が俺様とまともにやって、万が一に勝てるとでも?」

そう、クロレルも俺が魔法を使えることは知らない。

いや正確に言えば一度は俺の暗殺を企んでいた際に、コレバスから彼はその情報をもたらされている。
だが、いっさい信じることなく「見間違いだ、ありえねえ」と笑い飛ばしたらしい。

……なんというか。
俺に対する評価が低すぎて、というか、こいつが馬鹿すぎて助かったというところか。

そんな俺の心中は彼に伝わるわけもなく。クロレルは、ぺっと俺の方へ向けてつばを飛ばす。

「はは、父上はこんな自分の力量すら正確に測れないやつを次期領主にしようってのか? 笑えるなぁ、まったく。
 そもそも俺が評価されなかったのは、俺の政策の偉大さに誰も付いてこれなかったからだ。はじめから底辺にいるお前とは、ものが違うんだよ」

俺は、ただひたすらにそれらを聞き流していた。

そもそもこれは、会話ではない。一方的に悪口を垂れ流されているだけだ。
言い返したところで無駄な口論を生むだけで、なにか新しい結論が見つかるわけでもない。

ここで、こちらから八百長を申し入れてもクロレルはまず信じないだろう。

「セレーナ・アポロン、メリリ・メラート。てめえらも見る目がねぇなぁ、まったく。俺のそばについていたら、今頃いい夢が見れただろうに。そんな奴のなにがいいのか俺にはさっぱりだ」

セレーナも、それは理解してくれていたようだ。

ことクロレルのこととなると熱くなることも、これまでにはあったが……

今は状況が状況である。

横顔を見れば、苛烈な言葉を浴びせるクロレルとは対照的に、まるで凪だ。
だがそれが逆に、押し殺された怒りを如実に伝えてくる。

とはいえ堪えてはくれていたのだけど、

「……あんたなんかに」

ただ一人、感情制御の極端に苦手な人がうちにはいた。

感情が豊かすぎるのだ、メリリは。
収まりがつかなかったようで声を震わせ下を俯いていたかと思うと、

「あんたなんかに誰がついていくもんですかぁ!!! あたしはたとえどんなアルバ様でも一生を捧げるって決めてるんですぅ!!!」

これだ。
天井の低い通路の真ん中、その絶叫は何度も耳に響き、きーんという余韻とともにいつまでも耳の奥に残る。

あちゃぁ……、と。
頭を抱えたくなったのはその発言が、クロレルの怒りを買うことは分かり切っていたからだ。

「てめぇ……!!!」

ほら、やっぱり。
こうなると、見境がないのがクロレルだ。握りこぶしを固めながら、メリリの方を血走った目で見やる。

俺はとっさにメリリとの間に入って、鞘に納めたままのナイフを彼の首元に突き付けた。

「なっ、速いじゃねぇか……。まさか本当に魔法が使えるように……?」

クロレルは目を丸くしながらこう呟く。

半分あっていて、半分不正解だ。
たしかに魔法は使えるが、この程度の動きにいちいち魔力を使ってはいない。

「褒められてもまったく光栄じゃないな。引けよ、クロレル」

俺は強く目を見開き、そこに力を込める。
すると、どうだ。彼は一歩後ろへと下がり、また一歩と後退していく。

「く、くそが。言わせておけば、たかがアルバの分際で俺様に命令してんじゃねえ! ここで燃やし尽くしてやろうか!? あぁん!?」

……なんというかまぁ。
腰を引けさせながら言われても、まったく怖くない。むしろ堪えて居なければ笑ってしまいそうだ。

クロレルはいよいよ剣に手をかける。

「クロレル様、そのあたりで」

が、そこで背後から取り巻きの一人が歯止めをかけた。
その男と数秒、視線をかわす。実力のほどはともかくとして、クロレルよりはよっぽどできる人間らしい。

クロレルはそれにより、息の荒さはまだ残っていたものの一応は剣にかけちた手を下ろす。

「そうだな。お前らをぶちのめすのは、ステージの上まで取って置いてやるよ。せいぜい震えていろ、カス!! そんな魔導具ごときじゃ俺は倒せない。確実に叩き潰してやるよ、完膚なきまでにな!!! はははは!!!」

……我を忘れると、本当に汚い言葉遣いだなぁこいつ。
そんなふうなことを考えながら、俺は、高々と笑い声をあげマントをひるがえして去っていくクロレルの後ろ姿を見送ったのであった。