迎えの馬車に揺られながら、俺は窓の外に目をやった。

夏も盛りに近づく季節だ。
道の脇にある雑木林では青々とした草木がまるで競争でもするかのように勢いよく生い茂っており、虫たちの鳴き声もわんさかと聞こえてくる。

上を見上げてみれば、透き通るような快晴だった。
深呼吸をするとまるで自分の中にたまった膿がすべて洗い出されるかのよう――……なんてことはなかった。

いくら自然の雄大さに思いを馳せても、逃れられない現実がそこには横たわっている。

俺は改めて手に握っていた招集通知を読み返す。

「『アルバ・ハーストン、月末にハーストンシティに来たるべし。今一度、次期ハーストン家当主に兄弟どちらがふさわしいか、総合的な判断を行うための場を設ける』……って、はぁ。これまじ? 逃げ出すなとか、もう来るなとか言ってたのに?」
「何回読み直しても内容は変わらないわよ。もう出発しているんだから」

横からセレーナに入れられた冷静な指摘は、至極もっともだ。

そんなことは分かったうえで、もしかしたら解釈間違いだったりしないかなぁ……と期待してしまっただけのことである。

「というか、セレーナは動じないんだな。呼びだされたのは、セレーナも一緒だろ?
婚約者であるクロレルの元を離れて、俺のところにいたことが情報として父に漏れてるんだ。たぶんクロレルが漏らしたんだろうな。
それを考えたら、裏切りだとか婚約違反だとか、難癖つけられる可能性もあるだろ」
「そうね。でも、大丈夫よ」
「……また根拠のない勘か?」:
「今回は違うわ。そうなったときは、潔く婚約破棄するまでよ。別に立場なんて私いらないもの。その時は拾ってくれる?」

つ、強い……! 俺なんかよりよっぽど肝が据わっている。

はっきりと言い切れるセレーナには、感嘆せざるをえない。
投げかけられた憂いを帯びた視線にどきりとしつつも、俺はこくりと頷く。

「ありがと、アルバ。好きよ、そういうところ」
「……なっ」

なんてやっていると、そこへ手が割り入ってきた。

「はいはいそこまでですよ!! なに二人きりみたいな雰囲気出してるんですか!! メリリもいますよ。それと、あたしはアルバ様のダメなところも全部受け入れられますよ!」
「あら。じゃあ、私も含めて受け入れることね。アルバの一部のようなものよ」
「な、なにを~~!? それを言うなら、10の頃からずっとアルバ様とともにあるあたしのほうがよっぽど……! というかもはや一心同体、みたいな?」

馬車の内部が一挙に騒がしくなる。

こうしていると、何気ない日常にいるのと変わらない。
だがその一歩ごとに俺は、運命の裁きが待つハーストンシティへと近づいているのだ。

俺は、懐に忍ばせていたもう一枚の便箋に手をやった。

そこに書かれているのは、コレバスからの追加報告である。
彼によると、どうやらクロレルはハーストンシティにて俺に決闘を挑む算段らしい。

「普通に公開決議だけで決めるなら、失政を繰り返したクロレルの方が不利になるかもしれない。だから決闘を有観客の中で大々的に行い、その結果をあたかも次期領主争いの結果かのように置き換える……。なかなか考えたものだな」

厄介な連中がバックについたものだ。
こんな作戦は、クロレル一人じゃまず考えつかないだろう。


だが、これは俺にとっても好機とも考えられた。
この決闘でクロレルに花を持たせて勝たせてやれば、俺が次期領主の座につかされることもない……!

俺の目標は、あくまで悠々自適なスローライフただ一つだ。
そのためにもクロレルには、領主としての教育プログラムでも受けてぜひ更生を果たしていただきたい。

「なぁ。どうやったら自然と負けられるかな」
「ふふ、相変わらずそんなことばっかり考えてるのね、あなたときたら」
「次期領主になる気満々の方が格好良く見えるか?」

「いえ。なにか変なものでも食べたのかと疑うわ」
「そうですね。アルバ様、昔からなにか考えてると思ったらサボりのことばっかりでしたし」

馬車は進む。
どんな未来へ向かってかは、今のところ分からないが、きっとうまくいく。なるようになるはずだ。

彼女たちが隣にいてくれるなら。