正直に言えば、忘れられていたことはショックだった。

はじめてアルバに押し倒されたとき。
メリリはこれまでの人生で一番動揺した。が、昔からありったけの好意を注いできた相手であるから、当然、嬉しさも大きくてどうにも動けなかった。

たしかに、あの時期のアルバはかなり荒れていた。

その一環で気の迷いだったのかもしないが、彼が幼い頃から主人として慕い、弟の様にも恋人の様にも思ってきた相手からの行為だ。
あの瞬間を忘れられるわけがない。むしろ何回でも思い返される。

周囲との関係性だってある。
はじめは覚悟が決まらずに拒んだが、次にそういう雰囲気になったら今度こそ――。

そんなふうに心に決めていた矢先のことだ。
メリリに言い渡されたのは、クロレルの元への配置転換であった。

そのうえアルバは辺境に追放され、遠くへと行ってしまうのだから、目の前が真っ暗になる。

が、それでもメリリはアルバを諦めなかった。アルバという光を求めて、泥の中から抜け出した。

だから街で彼と再会したときには、運命を確信した。自分たちは引き寄せあっている、と思った。
そしてうっかり、きっとアルバも同じ気持ちでいてくれているのだと、思ってしまった。


セレーナに色々と食いかかってしまったのは、それが理由である。
見ないうちに、アルバの横にしっかりと定着し、あまつさえ同じ部屋で寝起きしている彼女が少し、いやかなり羨ましかったのだ。

「……あーあ、勝負下着だったのに」

アルバの家へと夜這いをかけ、失敗に終わったその翌日
メリリは今日も眠れず、思わず天井に向かって呟いていた。

眠気などはまったくなかった。ただ悶々と考え事だけが際限なく広がっていく。
挙句の果てには、セレーナとアルバが一緒になって寝ている光景なんかまで浮かんでくるのだからたちが悪い。

彼女は『高潔な薔薇』と評されていただけあって、そりゃあもう美しいのだ。
自分には発しえない、色気をむんむんと放っている。アルバがそれに魅了されていても、なにらおかしくない。

「あぁ、もうやめやめ。今のなし!」

なんて、このありもしないことの想像をいくらやっても無駄であることは、18年……いや、26年生きてきたら分かっていた。

「わざわざあぁ言ったんだから、めそめそしてないで明日からは年齢とか身分とか関係なく勝負よ、メリリ!」

だから、布団の下で拳を握ると、自分に言い聞かせる。
そうして眠りにつこうとした時、彼女は窓の外でがさりと音がしたのに気がついた。

どうせ眠れないこともあった。
メリリは布団から出て、窓を開けると、その下を覗きこむ。

「……なにでしょう、これ」

そこには、妙にきちんと包装された袋が置かれてある。

好奇心程度で中身を開けてみると、驚いた。そこに入っていたのは、化粧品や香水、口紅類といった小物、さらには絹でできた上等な寝間着。
どれも上物で、貴族のご令嬢が使うような代物ばかりだ。それこそ、メリリには手に入れられず、セレーナには手の届く代物。

さらには、こんなメモが添えてあった。

『これで、気品ある美人に。もっと綺麗になれば、狙った人も一撃』と。

なんとも魅力的な謳い文句であった。

セレーナへ感じている劣等感を取り除き、勇気を与える。今一番、心の響く言葉がつまり切っていた。
誰が置いていったのだろうか。

メリリは顔を振り周りを見渡す。

「誰かいるんですか。よかったら紅茶でもいれますよ……なんて」

と呼びかけるも、そこには誰もいない。
ただ魔導具類が転がる景色と、小屋で丸まっているサントウルフの家族の姿が目に入るだけだ。

目に入るだけでぎょっとするような大きさでいまだに慣れないが、たしか彼らは番犬のような役割を担ってくれているとアルバが言っていた。

「あの子たちが起きてないってことは、村の人でしょうか。はっ、まさか色々と察して、配慮してくれた? でも……」

いずれにしても、怪しさはぬぐえない。
怪しいのだけど、それ以上に魅力的な言葉がメリリの心を躍らせる。

いけないとは思いつつも、その自制心は乙女心に勝てなかった。