クロレルの奴。
犯罪に手を染めたり、遊女と楽しむのみならず、こんなに身近な存在にまで手を出そうとしていたなんて。

あの屑ときたら、とんだ変態でもあるらしい。
入れ替わりが終わったあと、メリリを唐突に自分の屋敷に呼び寄せたことを考えても間違いない。


彼女の態度がおかしかった理由はこれに違いなかった。
メリリの立場になって考えれば、たしかに俺の行動は訳が分からないかもしれない。

押し倒しておきながら久々に再会したら、セレーナと一緒に住んでいて、かつ自分には元に戻ったように接してくるのだから。

「その時は、あんまり突然だったので断ったんです。そりゃ、ぼっちゃまのことは大好きですけど、ぼっちゃまとメイドがそういうの、よくないですし……」

とりあえず、結果的に既成事実ができていなかった点は不幸中の幸いだろうか。

「本当に覚えてないんですか、アルバぼっちゃま」
「えっと、あれはその……」

俺は返答に窮して、目線を上にやる。

だって、どう言い訳しようにも俺にその時の記憶はない。
クロレルとして、真面目に領地の改革を行っていた頃だ。

どういう場面で押し倒したのかが定かでないから、具体的な光景が浮かんでこないのだ。
だからと言って、正直に話すわけにもいかないし、言ったって普通は信じられない。どうしようもない言い訳にしか聞こえないだろう。

「……えっと、悪い。あれはなんというか、その」
「いいですよ、覚えていないなら」

メリリはそう言うと、ベンチから勢いよく立ちあがる。ぐーっと伸びをして、俺の方へと向き直った。

「どうせ、あのことがあってもなくても、あたしはアルバぼっちゃまが大事なのは変わりません。どうせ、あなたを探しにこの村まで来ていた。だから、いいんです」

ありがたい助け船だった。
だが、それと同時に、気軽に乗っていいものかと躊躇もする。

メリリはこれまで数か月の間、俺とのことでずっと悩み続けてきたはずだ。
ここで彼女のこの言葉を素直に受け入れることは、その時間を無駄にしてしまうことにならないだろうか。

その心にできた傷をみて見ぬふりをすることにはならないだろうか。

言葉に詰まる俺に、彼女はいつものオーバーリアクション。拳を握りしめて、ベンチに足をついて宣言する。

「その代わり、覚悟してください。今度は、あたしの方からぼっちゃまを落としちゃいますから。今答えは聞きませんよ。とりあえず、明日から! ……あ。今、20後半にもなって必死すぎ笑えるわーって思いました!? 違いますよ!? あたし、18! 永遠ですよ、ぼっちゃまがお誕生日を迎えても18!」

こっちは真面目に考えていたのに、これだ。
もはや、つっこむ気力さえ起らなくなる。

だがもし、茶化すところまで含めて彼女の計算の上だとしたら。

若く見られたいメリリとしては不本意かもしれないが、年上の包容力や余裕を感じないでもなかった。