クロレルシティを極秘訪問してから数日。
新たにメリリが仲間に加わったことにより俺たちの食事は、そりゃあもうかなり改善された。
「はーい、ぼっちゃま。……ついでに、セレーナ嬢。メリリがお給仕にあがりましたよ~」
朝からばっちりメイド服を着こんだメリリにより運ばれてきたのは、ベーグルサンドを中心としたセットメニューだった。
ベーグルの間に挟まれているのは、玉子やベーコン、レタスなどの野菜と、自家製だというサウザンドソースだ。
「パン生地もあたしの手ごねですから、ぼっちゃんが昔食べていたものと同じ味のはずです。たまごスープもご用意しましたよ。後入れクルトンで食感の変化もお楽しみください♡
それとセレーナ嬢にはご所望のマドレーヌも焼きましたよー、仕方なく」
俺とセレーナへの態度の差はもはや気にしないこととして。
ここまで手が込んだ朝ごはんにありつけるのは、ありがたい限りであった。
干した肉を焼いて、そのまま口にしてきた日々を考えればもはや泣けてくる。
俺たちが口々に「美味しい」と口にすると、彼女はにこにこと笑顔を浮かべて今度は紅茶を淹れてくれたり空いた皿を下げてくれるなど、せっせと働く。
「……さすがは元メイドね。まるでお屋敷の中に帰ってきたみたいよ」
「だな、分かるよその感覚」
ついつい全てを任せてしまっていた。
だが、今の俺は別にもう世話をされるような立場の人間ではない。それに、屋敷勤めのメイドみたく高い給金を払えるわけでもないのだ。
「えっと、なにか手伝おうか」
俺はこう申し出るのだが、彼女は首を横に振る。
「ぼっちゃまらしくないことを言いますね? 気を遣わないでくださいな。これがあたしのお仕事で、生きがいですから!」
どうやら元メイドとしての意地があるらしい。
心底楽しそうにてきぱきと仕事をこなし、作業が落ち着いたらお盆を胸に抱えて扉の脇で待機をする。
そこまでされれば、もうなにも言えない。
俺もセレーナも黙って食事を再開するのだけど……、どういうわけか、ちらちらと視線を感じる。
すまし顔で立っているのだが、たしかにもの言いたげな雰囲気が伝わってくるのだ。
「……メリリ、どうした?」
俺はスープをすくっていたスプーンを止めて尋ねる。
すると、彼女は途端にあわあわしはじめて、お盆を落とすのだから分かりやすい。
「うえっ、なんにもないですよ!? アルバぼっちゃまと二人で食事なんて妬ましいとか恨めしいとか羨ましいとか、あたしもぼっちゃまと食事したいとか、あーんってしてさしあげたいとか、そんなことはこれっぽっちも考えていません! メイドですので!!」
メリリは早口でここまで喋る間に、お盆を拾いなおしてその後ろに顔を隠す。
「忘れてくださいませ!!」
こうお茶を濁そうとするが、もう遅い。あまりに本音というか欲望が、駄々洩れだった。
なおも取り乱すメリリに対して、
「まるで一人寸劇ね」
セレーナの反応はこれだけだった。
あくまで優雅な朝を崩すつもりはないらしい。まるで本当にお屋敷の中にいるかのごとく、目を瞑りながら優雅に紅茶のカップを傾ける。
このあたりは、何者にも靡かない令嬢と呼ばれていただけのことはある。
一方の俺はといえば、ここまで本音を聞いてしまった以上そうもいかない。
「なぁセレーナ」
話を切り出そうと、声をかける。すると、怜悧な紫色の瞳が片方だけぱちりと開いた。
「……別にいいんじゃないかしら。アルバの前の席は譲れないけれど、三人で食べること自体はいいと思うわ」
どうやら先のセリフを読まれていたらしい。完全に先回りされてしまった。
これも、例の『勘』というやつなのだろうか。
虚をつかれつつも、俺はメリリの方へと目を向ける。
「あぁん、いいんですかセレーナ嬢!? さっきは色々言ってすいません、ご相伴にあずからせてくださいませ~!!!」
やっぱり彼女は色々と忙しい。
半分泣きながらそそくさと自分の皿を準備して、俺の横手に椅子を持ってくる。
どういうわけか、その距離は微妙に近かった。
少し遠ざけてみると、また近づいてくる。
「な、なんだよ」
「そりゃあこれですよ。遠いとやりにくいじゃないですか」
彼女は頬を朱色に染めながら、スプーンでスープをすくった。
かと思えば、
「アルバぼっちゃま、あーん」
これだ。俺が身体をよじってそれを拒むと、彼女は不満げに頬を膨らませる。
「なんでですか~! 『あーん』もしていいって話じゃないんですか!?」
「そうとは言ってない!!」
「えぇ、言ってないわね。許可してない」
「いつから許可制なんですか!!?!? いいじゃないですかぁ!!」
食事だけではない、メリリが加わることで、これまでのセレーナとの静謐な朝が一変していた。
メリリのいる賑やかしい朝も、まぁ悪くはない。
新たにメリリが仲間に加わったことにより俺たちの食事は、そりゃあもうかなり改善された。
「はーい、ぼっちゃま。……ついでに、セレーナ嬢。メリリがお給仕にあがりましたよ~」
朝からばっちりメイド服を着こんだメリリにより運ばれてきたのは、ベーグルサンドを中心としたセットメニューだった。
ベーグルの間に挟まれているのは、玉子やベーコン、レタスなどの野菜と、自家製だというサウザンドソースだ。
「パン生地もあたしの手ごねですから、ぼっちゃんが昔食べていたものと同じ味のはずです。たまごスープもご用意しましたよ。後入れクルトンで食感の変化もお楽しみください♡
それとセレーナ嬢にはご所望のマドレーヌも焼きましたよー、仕方なく」
俺とセレーナへの態度の差はもはや気にしないこととして。
ここまで手が込んだ朝ごはんにありつけるのは、ありがたい限りであった。
干した肉を焼いて、そのまま口にしてきた日々を考えればもはや泣けてくる。
俺たちが口々に「美味しい」と口にすると、彼女はにこにこと笑顔を浮かべて今度は紅茶を淹れてくれたり空いた皿を下げてくれるなど、せっせと働く。
「……さすがは元メイドね。まるでお屋敷の中に帰ってきたみたいよ」
「だな、分かるよその感覚」
ついつい全てを任せてしまっていた。
だが、今の俺は別にもう世話をされるような立場の人間ではない。それに、屋敷勤めのメイドみたく高い給金を払えるわけでもないのだ。
「えっと、なにか手伝おうか」
俺はこう申し出るのだが、彼女は首を横に振る。
「ぼっちゃまらしくないことを言いますね? 気を遣わないでくださいな。これがあたしのお仕事で、生きがいですから!」
どうやら元メイドとしての意地があるらしい。
心底楽しそうにてきぱきと仕事をこなし、作業が落ち着いたらお盆を胸に抱えて扉の脇で待機をする。
そこまでされれば、もうなにも言えない。
俺もセレーナも黙って食事を再開するのだけど……、どういうわけか、ちらちらと視線を感じる。
すまし顔で立っているのだが、たしかにもの言いたげな雰囲気が伝わってくるのだ。
「……メリリ、どうした?」
俺はスープをすくっていたスプーンを止めて尋ねる。
すると、彼女は途端にあわあわしはじめて、お盆を落とすのだから分かりやすい。
「うえっ、なんにもないですよ!? アルバぼっちゃまと二人で食事なんて妬ましいとか恨めしいとか羨ましいとか、あたしもぼっちゃまと食事したいとか、あーんってしてさしあげたいとか、そんなことはこれっぽっちも考えていません! メイドですので!!」
メリリは早口でここまで喋る間に、お盆を拾いなおしてその後ろに顔を隠す。
「忘れてくださいませ!!」
こうお茶を濁そうとするが、もう遅い。あまりに本音というか欲望が、駄々洩れだった。
なおも取り乱すメリリに対して、
「まるで一人寸劇ね」
セレーナの反応はこれだけだった。
あくまで優雅な朝を崩すつもりはないらしい。まるで本当にお屋敷の中にいるかのごとく、目を瞑りながら優雅に紅茶のカップを傾ける。
このあたりは、何者にも靡かない令嬢と呼ばれていただけのことはある。
一方の俺はといえば、ここまで本音を聞いてしまった以上そうもいかない。
「なぁセレーナ」
話を切り出そうと、声をかける。すると、怜悧な紫色の瞳が片方だけぱちりと開いた。
「……別にいいんじゃないかしら。アルバの前の席は譲れないけれど、三人で食べること自体はいいと思うわ」
どうやら先のセリフを読まれていたらしい。完全に先回りされてしまった。
これも、例の『勘』というやつなのだろうか。
虚をつかれつつも、俺はメリリの方へと目を向ける。
「あぁん、いいんですかセレーナ嬢!? さっきは色々言ってすいません、ご相伴にあずからせてくださいませ~!!!」
やっぱり彼女は色々と忙しい。
半分泣きながらそそくさと自分の皿を準備して、俺の横手に椅子を持ってくる。
どういうわけか、その距離は微妙に近かった。
少し遠ざけてみると、また近づいてくる。
「な、なんだよ」
「そりゃあこれですよ。遠いとやりにくいじゃないですか」
彼女は頬を朱色に染めながら、スプーンでスープをすくった。
かと思えば、
「アルバぼっちゃま、あーん」
これだ。俺が身体をよじってそれを拒むと、彼女は不満げに頬を膨らませる。
「なんでですか~! 『あーん』もしていいって話じゃないんですか!?」
「そうとは言ってない!!」
「えぇ、言ってないわね。許可してない」
「いつから許可制なんですか!!?!? いいじゃないですかぁ!!」
食事だけではない、メリリが加わることで、これまでのセレーナとの静謐な朝が一変していた。
メリリのいる賑やかしい朝も、まぁ悪くはない。