「違いますよ、失敬な。アルバぼっちゃまが遠い遠いところまで飛ばされたことは噂で聞いていました。当然、すぐにでも行きたかった。十年以上も一緒にいたんです。ぼっちゃまは、あたしの生きがいだった。
でも、あたしは着の身着のまま屋敷から逃げ出したので、無一文だったんです」
「……じゃあもしかして、旅費を稼ぐために?」
「そのとーりです! だから仮小屋を建てて、ひっそりと営業していました。身元が割れたら、クロレルに処罰されるかもしれませんので、顔も見せずに営業していました」
「そんなことしてたら客は入らないでしょ」
「まぁそうですね、正直苦しかったですよ。それに、『特別警ら隊』はあたしのことも追ってる。まぁ、メイクとか変装は得意なんで今までバレたことはないんですけど、念には念を入れていました。こんなところで捕まって、ぼっちゃまのところに行けなくなるのは絶対避けたかったですから」
メリリは喉を詰めた声でそこまで言うと、カウンターのうえ拳をぎゅっと握る。
よく見れば、この店だけではない。
彼女の着ている服もエプロンも少し古っぽい。
もともとはおしゃれ好きで、頻繁に髪型を変えたり化粧をたしなんだりしていた彼女が、今や髪までぼさっと乱れている。
彼女が現在進行形で味わっているだろう苦労が、全身に見て取れた。
「でも、よかった。我慢してよかったです。想定していた形じゃないですけど、ぼっちゃまに会えました……!」
メリリは気丈に笑ってみせる。だが、そのすぐあとには涙がしたたり落ちる。
「あれ、嬉しいんですけどね。どうしてだろ……」
俺とセレーナは顔を見合わせたあと、彼女がとめどなく涙を流すのを見守る。
「料理人、見つかったわね。連れて帰りましょ」
俺がなにか言い出すより先、セレーナが言った。
「さっきまで、あんなにいがみ合ってたのに、いいのか」
「いいもなにも、あなたもそのつもりだったでしょ。顔に書いてあるわよ」
たしかに、図星だった。
思いがけず先回りされて虚をつかれた。
「それに、ここまで聞いておいて放ってはいけないわ。私は悪魔じゃないの。それに、これでマドレーヌも食べ放題になるしね」
わざわざ茶化して空気を穏やかにまでしてくれるのだから、さすがの器量だ。
本当に、彼女が一緒でよかったと改めて思う。
俺はセレーナに礼を言うと、今度はメリリの方へと目をやった。
「あのさ、よかったら俺たちと――」
セレーナの了承も得たことだ。
正式に、トルビス村にこないか尋ねようとしたのだが……
彼女はまだ服の袖に目元を押し当てていたので、そこで俺は言い止どまる。
「行きます、当たり前ですよ。ぼっちゃまに誘われて、断るメイドはいません」
そして、セレーナに続いてまた先回りされた。
というか、顔を上げたメリリの顔には涙の一粒さえ浮かんでいない。けろっと、満面の笑みだけが浮かんでいる。
「……いつからウソ泣きしてたんだよ!」
「それは秘密です♪」