「そういえば、なんでこのご令嬢がここにいるんでしたっけ?」
メリリに尋ねられていなければ、あまりの充実感と食後の眠気で、危うく本題を忘れるところだった。
気を取り直して、俺たちは事情説明を行った。
彼女のことはずっと近くで見てきているから、信を置くことができた。しかも、セレーナのこともバレたからにはしょうがない。
……もちろん、クロレルとの入れ替わりのことは言えないが。
「……なるほど、そういうわけで、って。結局謎ですけどね。セレーナ嬢、あんなにクロレルと仲よさげだったのに」
「だから言ったでしょ、なにかが変わったのよ」
「そのなにかが分からないんですけどね」
そのあたりは、俺にもいまだに分からない。セレーナの持つ直感による部分が大きいためだ。
そこを追及しようとしても、水かけ論にしかならない。
「で、メリリの方はどうしたらこの路地裏のボロ屋で料理屋をやることになったわけ?」
「あたしですか、そうだ、聞いてくださいよ、あたしのお話! 覚えてますよね、あたしはアルバぼっちゃまの専属だったのにい突然クロレルに呼ばれて、そっちに仕えることになったの」
「あぁ、うん、覚えてるよ」
たしかクロレルとの入れ替わりが終わったその翌日。
10年近く俺の専属として勤めてきたメリリに、唐突な辞令が降りてきて、彼女はクロレルの屋敷に雇われることとなったのだ。
その経緯を、俺はよく知らない。
なぜなら三か月間は、メリリと接することもなかったためだ。
「たぶんですけど、あたしがあまりにもアルバぼっちゃまと距離が近かったので、大旦那様が心配されたのかもしれませんね。超余計な計らいですけど」
「……それで、クロレルの元へ行ったのにどうしてここでお店なんか開いてるんだ?」
「それは、お二人と同じです。逃げてきたからですよ。
あたし、昔からクロレル嫌いだったんですよね、粗暴ですし。あ、セレーナ嬢の前でいう事じゃないかもしれませんね」
セレーナはそのセリフに、ゆるりと首を横に振る。
「いいのよ、同感だから」
つい少し前までいがみあっていた二人の意見が、ここで合致していた。
ちなみに、もちろん俺もそう思っている。
となると、気になるのはクロレルが俺の身体に入っていた時はどうだったのだろうか。
「……でも、三か月くらいは俺もめちゃくちゃに暴れてただろ。あの時は、どうも思わなかったのか?」
「え、はい。アルバぼっちゃまにもやっと反抗期がきたんだ! って、むしろ嬉しくなりました。
というかそもそも、クロレルじゃなくて、アルバぼっちゃまなら、なにをしてもメリリは受け入れますよっ」
いやいや、どういう基準なの、それ。
というか、なんでちょっと頬を染めているの。
色々とツッコミどころこそあれ、入れ替わりが感づかれてはいないようだった。
「あたしがクロレルのお屋敷を逃げ出したのは、アルバぼっちゃまがいないからです。最初のうちは、大旦那様への恩もありましたから残っていましたけど、すぐに限界になりました。だって、あたしはアルバぼっちゃまだからこそお仕えしていたんです」
「それとお店を始めることには関係がないように思うけど? アルバを諦めて、料理で生計立てるつもりだったの?」
セレーナがこう尋ねると、メリリはむっと目端を尖らせて首を振った。