とにかく、外までセレーナの名が響き渡るのを避けることはできた。
もしそうなっていたら、また特別警ら隊の連中と戦わなくてはいけなくなる。

俺は安堵と呆れからため息をついた。

このままでは、ろくに話もできない。
今は別の意味で興奮してしまっているメリリに、まず落ち着いてもらうため、料理をお願いすることとした。

昔よく作ってもらった三種肉のチーズ丼を注文すると、彼女は目の色を変えて、カウンターの奥へと戻っていった。
待ち時間、セレーナは真顔ながら口元に手を当てて思案顔をする。

「こんな人に料理なんかできるのかしら。そもそもメイドとしての仕事、成り立ってたの?」
「そこは心配いらないよ。腕だけは本当に確かなんだ」
「ぼっちゃま、腕だけとは失礼ですよっ!!」

そして、耳も確からしい。
再び幕の下ろされたカウンターの奥から、鋭い指摘が入る。

そうこう話しているうち、食欲をそそる音とともにいい香りが店内を漂い始めた。

少しして、カウンターの奥から手と皿だけがにゅっと差し出され、まずは白身魚のハーブ蒸しが提供される。

見た目や匂いの時点で、その腕の高さは伝わってきた。
野菜の配置もよく彩りも豊かなら、皮目はぱりっと焼き上げられており、その香ばしさを湯気に乗せてこれでもかと漂わせる。

ちなみに、三種の肉丼はご丁寧なことにわざわざカウンターから出てきて、両手で添えるように提供された。

……俺とセレーナへの態度の差は、ともかくとして。

「すごい、本当に美味しい。中までふっくら仕上がってるし、香辛料の効き具合もいい。オリーブオイルにも旨味が出ているわ」
「うん、やっぱりこれは外れないな。このワインソースの味、どの肉にも合うんだよ。単純な料理だからこそ、この旨味はふつう引き出せないな」

料理には、手を抜くことはなかったらしい。

「アポロン家にいたどのキッチンメイドが作ったものより、美味しいわ。丁寧でありながら、遊び心もある」

セレーナのメリリに対する評価もかなり上がったようだった。

言葉だけではない証拠として、次々とフォークが白身魚に刺され、見る間に量が減っていく。添えられていたパンも、いつのまにかなくなっている。

元主人としても、それは嬉しい限りだった。

「むふふふ、やっぱりご飯食べているぼっちゃま見るのは格別ですね……。なんだかうっとりしてきました」

カウンターに肘をついて、べったりと視線を浴びせられたのは少し困ったが、そんなのは些細な話だ。
セレーナともども、お代わりまでたっぷりといただいて、満腹になった。