幼少期から約10年ほど、俺にはずっとお付きのメイドがいた。

それがメリリだ。

最初に出会った時、俺が8歳で彼女が16歳。
はじめはメイド研修として入ったのだが、そのまま俺の担当となった。

「羨ましいよ、アルバ。あんな可愛い使用人がついてるなんて、そうないぞ?」

王都にある貴族学校に通っていたときには、学友から羨ましがられることもあったっけ。

たしかに、その見た目は可愛らしい。
そして10年の月日を経ても、その可愛らしさはまるで変わらなかった。

不変である。


年上に言うのもなんだが、まるで小動物のようなのだ。
くりっとまるでガラス玉みたいに丸い目、それがはまる乳白色の肌、150に満たない小さな背丈であるあたりなどはとくにそう。

唯一、小動物らしくないものといえば……

他のあらゆる要素に見合わないほど豊かな胸くらいだろうか。

「ああ、ぼっちゃま、アルバぼっちゃま!!」

ほら、このはしゃぎようもなんとなく子犬みたい。

彼女は腰元まで届こうかという黒髪ロングのツインテールを揺らす。

ずっと、こうだ。昔からずっと、彼女は俺にべったりくっついてくる。


それを見て、青いため息をついたのはセレーナだ。
怜悧な瞳で冷たい視線を流してくるのだから、なにからなにまで真逆の存在に見える。

「……で、誰よこの人は」
「それは、こっちのセリフですよーだ。あなたこそ誰ですか。あたしはアルバ様と永遠を誓い合った仲ですけども」

いや、そんな記憶はないんだけどね?

こんな貰い事故みたいな形で、セレーナに誤解されては困る。
俺は、すぐさま話を遮って訂正へと入った。

「この人は、メリリ。俺の世話役を任されていた元メイドなんだ」
「ふーん、ということは20半ばなの? これで? ……すごいわね、いろんな意味で」
「すごいんだ、いろんな意味で」

メリリはそれを聞いて、「そうでしょ!」とでも言わんばかりに腕を腰に手をやり、ドヤ顔をして見せる。

「まぁあたしぃ、永遠の18歳なんですけどねっ!」
「いや、26だろ、たしか」
「あらあらまぁまぁ! ぼっちゃまったら、あたしの年齢を覚えてくださって………あ、今のなし! 18ですよ〜、やだなぁ」

いちいち身振りが多いのも、彼女の特徴だ。

手首を前へと振って、「やめてくださいよ」と笑う。

それを一瞥して、セレーナはふっと口端を吊り上げた。
メリリはそこに、ただの苦笑ではない何かを感じ取ったらしい。実際、俺にも少しだけ分かってしまった。

「あ、なんですかその顔は! 勝ったって思いましたね、今!? 若さだけがすべてじゃないんですけどぉ!?」
「……18って自称してる時点で、若さに価値があると考えてる証拠だと思うけれど」
「なっ、そういう的確なことは言わないでください!!」
「それはそうと、ご飯は作ってくれるのかしら。私もアルバも暇ではないのだけど」

ほとんどセレーナが圧倒していると言って、よかった。
それこそ年齢差など関係なく、メリリはたじたじだ。

だが、やられっぱなしでは気が収まらなかったのかも知らない。
彼女はまるで獣みたいにうめいたあと、ついに反撃へと出る。

ちょこちょこ歩いてカウンターから出てくると、セレーナに近づく。

「ご飯は作りますよ。でも、食べるときは、帽子を取るのがマナーです!!」

そして、その帽子を剥ぎ取ったのだ。

「さぁ、これでどんな人か分かりますね! どれどれ……」

メリリは、正面からセレーナの顔を覗き込む。
そして、それきり固まってしまった。だんだん姿勢を崩していき、やがて尻もちをついた。

「なによ、人を化け物みたいに指さないでもらえる?」
「……も、もしかしなくても、あなたって! アポロン家のセレー―――」

ぎりぎり間に合った。
俺は慌ててしゃがみ、叫びかけるメリリの口元を押さえにかかる。

彼女は少しだけじたばたともがいたものの、すぐにおとなしくなった。

「あっ、アルバぼっちゃまの匂い……! もっと嗅ぎたいかも! あだもう少し強めに抱き寄せてもらってもいいでしょうか!」
「切り替え早いな、おい」

理由は、ひどいものだったけれど。