「だとしたら、すごい腕だ。
 本当に助かった、いや助かりました! 今日の今日壊れたものだから、夜営業ができなくなって困っていたんです。
 ただでさえ場所代にかかる税も厳しいですから……」

依頼主さんはそこで、はっと口をつぐむ。
辺りを見回したと思ったら、そそくさと代金を払って自分の屋台へと戻っていく。

ここにも、クロレルの悪政が影響を及ぼしていたようだ。

……街の経済が立ち直るまで、この屋台街の場所代は0にしたはずなんだけどなぁ。

だがお金を払わなければならないことがわかった以上は、しっかり稼ぐ必要もある。

それもこれも食料を買い込むため……! より質のいい藁を買ってベッドをグレードアップするため!

悲壮な決意で気を入れ直す俺だったが、見ればまた一人カウンターの前に並んでくれている。

そうなってからは、客足が途絶えなかった。

「たったそれだけの価格で直してくれるのなら、ぜひ! 鑑定もお願いしたい! 俺は貴族の端くれなんだが、どの程度魔法の才能があるか見てくれるか!?」
「うちもお願いします〜。ダンスの時にお気に入りのスカートが裂けちゃって。
 凄腕の修理屋さんがいるって聞いて、家まで走って返って持ってきたんです!」

などなど。

要望は種だねあるが、すべてにきっちり応えていたら、やがて待ちの列はどんどんと伸びていく。

なんとかそれを捌ききると、カウンターに手をついて2人頭をもたげた。
かなり激しい労働だった。これは帰り道にブリリオの背中で寝ること間違いなしだ。

「みんな、もしかすると普通には修理屋に物を持ち込めないくらいお財布が厳しいのかもしれないわね。今回は、お安めの値段設定だったもの」
「……やっぱりクロレルの政策のせいか。ここも搾り取られる対象ってわけだな。そもそも低所得者向けの施策なのに。ひどいことするよ、まったく」

3ヶ月とはいえ、俺が統治していた街である。
今やなんの権力もないけれど、どうにか立て直しに貢献できないだろうか。

「そうだ、たとえばここの屋台を一新するとかっていうのはどうだろ――って、あれ」

思いつきを口にしたところで、違和感に気づいた。
どういうわけか周囲にざわめきが走っている。

「おいおい、まじかよ……、あいつ。近くに奴らがいるってのに、あんなにはっきりと……」
「ちょっとお前、やめとけって。お、俺は知らねぇからな!」

客足がどんどんと遠のく。屋台を営んでいた連中までもが店を放置して逃げ出してしまう。
そうして、人気がなくなっていく中心で俺はいまだに状況を掴めない。

「えっと、なにかあったのか? 俺か? もしかしてバレたか?」

セレーナに聞くが、彼女はこてんと首をひねった。

「さぁ? 気付かれるようなことはなかったと思うけど? でももしかすると、まずいこと言ったのかもしれないわね」
「そんなこと言った覚えはないんだけどな」

自らの発言を振り返ってみる。

やっぱり思い当たることがなくて眉間に皺を寄せていたところ、こちらに向かってくる集団があった。

彼らが横を通ると、逃げていた人々は一斉に道を開ける。その中をふんぞりかえって、睨みを効かせながら歩いてくるのだから、穏やかではない。

そして、その集団は俺たちの屋台の前で立ち止まる。

「そこの二人。これから身柄を拘束させてもらう。罪状くらいわかるな?」
「……いいや、分からないな。女心くらいわからない。俺たちがなにしたって言うんだよ。そもそも、お前たちにそんな権限があるのか?」
「けっ、私たちを知らねぇとは、よそものか? 運が悪いな、お前ら。まぁ知らないなら教えてやろう。私たちは『特別警ら隊』だよ」

耳慣れない名前だ。
少なくとも俺がクロレルと入れ替わっていた頃は、そんな部隊はなかった。

だが今の彼らは、大よく見れば肩口にハーストン家の家紋である六角形の紋が刺繍された羽織を着ている。
少なくとも、ハッタリや嘘ではないと見えた。

「……いったいなにが任務なんだ」
「簡単なことさ。万が一この街の治安を守るため、クロレル御大将の悪い噂をする者は処罰していい。その権限を与えられた直属部隊隊だよ」

彼らのリーダー格だろう男が高らかに宣言する。

その存在意義の非道っぷりに、俺は呆れるほかなかった。
私腹を肥やすため民から税金を巻きあげることはおろか、よもや批判をした人間を逮捕しようだなんて、その人間性はいっそ感心するくらいねじ曲がっているらしい。

つい、ため息が出た。

「なんだ、その態度は? 特別に見逃してやろうと思ったのに」

ただし、見逃してくれるというなら話は変わってくる。
俺たちが今やるべきはなによりも、身元がばれないようにすることだ。

「いやいや、さっきのため息はちょっと疲れただけですよ。俺たちはなにもクロレル様に仇なす気はありません」

俺はへらっと笑って頭をかく。そんな俺の芝居に、

「いいえ、あるわ。不満しかないわ」

横槍が入った。それも、身内から。

いやいやセレーナさん? 身元がばれたら一番困るのあなたですよ?
って、今さら言ってもしょうがないのだけれど。

いつもは冷静な判断をする彼女だが……

どうやら今回ばかりは、よほどクロレルへの怒りが収まらなかったらしい。まぁ気持ちはわかるけどね、うん。

「なんだと、女ぁ。もう一度だけ聞いてやろう。今、なんと言った?」
「不満があるといったのよ。馬鹿な政策を連発するクロレルにも、そんな奴に権力を与えられて粋がっているあなた方にもね」
「貴様ら、言わせておけば……!!!」

そうして言い合いは、どんどんとヒートアップしていった。

ぴりぴりと肌を打つ一触即発の空気の中、俺はどうしたものかと思案する。止めに入るべきか、いっそ戦ってしまうべきか。

「お前ら、バカなことを!! 有り金全部さしだすのならば見逃してやろうと思っていたというのに」

揺れる俺の決め手となったのは、連中のこの一言だ。

数時間とはいえ、食料や道具を仕入れるため必死に労働した対価(しかも寝不足だと言うのに!)である。

最初から金をとるつもりだったのならば、うん、もうやるしかない。
お金の恨みは、重いのだ。