「……あなた、ほんとどうなってるの」
「え、なにが」
「なにがじゃなくて、その強さよ。さっきのはなに」
「風属性魔法だよ。ちょっといつもより早く動けた気はするけど」

ここ最近は魔法を使い続けてきたから、少しは修練度が上がったのかもしれない。
もしくは、フスカを助けるためとなって身体がとっさに動いたか。

とにかく俺は一瞬で、悪党たちを倒すことに成功していた。

気絶して動く気配のない彼らを台車にしばりつけ、彼らが作成していたという薬草の一部をいただいてきた俺たちは街道を通ってトルビス村へと戻る。
山道を迂回しながら進んできたから遠かったが、道が整備されていることもあり比較的早く帰ってこられた。

とはいえ、夜も深い時間である。
いつもならとっくに寝て居る時間だろうに、何人かの村人は俺たちの帰還を待ってくれていた。

「おぉ、アルバさんたちが帰ったぞ!!」
「それに見ろよ、あの台車に縛り付けられている奴ら! あいつらが、いつもうちの村に不当な取り立てに来てたんだっ!」
「勇者様のご帰還だ~!!」

などと、彼らはわっと湧き上がる。
いやいや勇者とかそういう憧れられる存在から程遠いからね? この人たち、俺がここに追放されてきた理由聞いたら卒倒すんじゃね?

俺は、過剰に褒めちぎる彼らをなだめてから聞いてみる。

今なら答えてくれる可能性もあろう。

「こいつらに脅されていたんですか。こいつらが村の柵を壊した。そうですよね」

すると、その場にいた村人たちは涙をにじませながら各々が頷いた。

彼らは私兵団のようなものを組織しており、ことあるごとに取り立てを行ったのだそう。そして払えない場合は、村の家や施設を破壊する――。
例の魔除け柵も、彼らも仕業だったそうだが、口外したら「村人の誰かを殺す」と脅されていたらしい。

本当に、救いようがないったらない。
こんな奴が役人をしていると考えると、ぞっとする。

俺はアホ面で泡を吹いている役人どもを一瞥してから、目を切った。
代わりに薬草を手にして、カゴの中で丸まっている大きなサントウルフの元へと近づいた。

「懸命に手当をして、とりあえず生きてはいますが……かなり弱っています。」

村人の一人が、力なく言う。

「くぅ……」

フスカも、親の痛ましい姿に悲しげに鳴いた。
不安そうに、でもすがるように俺を見上げてくる。

そんな目で乞われたら、失敗するわけにはいかない。
セレーナによりよい薬草を選定してもらったうえで、作業に入った。

村人に掛け合い用意してもらったのは、蓋のある容器だ。
俺はそこへ薬草を入れて、同時に風属性魔法で作った小さな旋風も入れ込める。

どうにか助かってくれ。
そう思いを込めて蓋を押さえつけると、中の薬草を限界まで砕く。

続いて、セレーナがペースト状になった薬草に彼女の生成した清らかな水と混ぜ合わせた。

最後は俺が風魔法で攪拌したら、ポーションの完成だ。
完成品はエメラルド色の光を帯びていた。

「……完ぺきよ。この光が強いものほど、完成度が高いの。普通に市場に出回ることはまずない、A+ランクに近い品質になってるわ」

そこはセレーナに鑑定してもらうことで、安心できた。
さて、ぐったり倒れるサントウルフの元へ近づいた俺は、その柵の内側に手を入れて口へと流し込む。

自分で飲んだことはあっても、聖獣にそれもサントウルフに飲ませるのなんて初めてのことだ。

俺は祈るような思いで、ポーションが喉奥へと流れるのを見つめる。

すると、どうだ。ポーションの放っていた淡い光がサントウルフを包む。

闇夜の中で見れば、眩しくて目を開けていられないくらいだ。

「効果があった証拠よ。もっとも飲ませたあとにも、ここまでの光を放つ傷用ポーションを見るのは初めてだけど」
「薬草がすごかったのか?」
「たしかに、薬草の質もよかった。でも、活かしきるにはどれだけ成分を抽出できるかが一番大事なの。知ってたからやったんじゃないの?」
「……いいや、忘れてた。今はとにかく、こいつを助けなきゃって思ったから。それに俺だけの力じゃないだろ」
「私がやったのは微々たることよ。ほんと、あなたを見てると常識がバカみたいね」

うんうん、と村人たちまでまるで示し合わせていたかのようにそれに頷く。
口々に、『やっぱりアルバ様は救いの神だ!』なんて言い合う。

「ふふ。結局誰かのためなら頑張っちゃうんだから。でも好きよ、そういうところ」

だから、小さく後に続いた声はそれにかき消されてしまった。

「……今、なんて」
「聞こえなかったならいいわ、内緒よ」

彼女は桃色のリップを吊り上げ、優しげな笑みを見せる。

たとえば聖女と言われても疑わない神々しさにどきりとしていると、そのうちに彼女の背後で光は徐々に収縮し、ぱっと消えた。

「……どうなった」

ごくりと息を呑み、俺はサントウルフを見守る。

だが心配は無用だった。
彼はその四本の足ですくっと立ち上がると、夜空の満月を見上げて咆哮をあげる。

よく見れば、その身体にはもう切り傷の一つ残っていない。

ポーションは本当にきちんと効いてくれたようだ。
安堵感と、一挙に襲ってきた眠気が俺を襲う。

「……あ、アルバさん! また暴れたりはしませんかのう?」

って、そうだったわ。少なくとも、まだ寝るには早い。

カゴの中とはいえ、彼が暴れればこれを壊すくらい造作もないだろう。

警戒をして少し後退する。一応ナイフに手をかけたところで、

『……なに、もう暴れることはない。感謝しているぞ、アルバ』

そう声がした。

空から降ってくるみたいな不思議な響きだった。だが、その苦も楽も知り尽くしたような渋みある声は、村人の誰のものでもない。

まさかと思って見上げてみれば、

『やっと気づいてくれたようだな』

声の主は、なんと大きなサントウルフだった。