村人たちは、フスカを飼うことを快く受け入れてくれた。

なついてくれさえすれば、サントウルフは実に頼もしい護衛になる。
そんな打算もあっただろうが、なによりみんな、その愛くるしい見た目に心を掴まれたらしい。

代わる代わるモフったり遊んでやったりして過ごす。

そのうちに破壊した魔導灯の屑も無事に排出されて、平和で穏やかな夜を迎えた……はずだった。

それを切り裂いたのは、甲高い遠吠えだ。
最低限の防音性しかない家に、その声は響き渡る。

「……なにかしら」
「分からないけど、見にいくしかないか」

もうベッドに入り布団をかぶって寝る準備万端だったが、仕方ない。可愛いフスカのためなら、寝る時間が少々遅れるくらいやぶさかではない。

そうして外へと出て、目の前の光景に驚かされた。

村の空き地でサントウルフが暴れているのだ。

「フスカじゃなさそうだな……」

なにせ彼よりも、かなり大きい。
俺の身長の二倍近くの体長があるうえに、毛の色は灰がかっている。

どういうわけか、血だらけだった。
それを振り撒きながらも、サントウルフは鉤爪でフスカのはいったカゴを何度も打ち鳴らす。

「もしかしたら父親なのかもしれないわ」

たしかに、我が子が捕らわれたように見えれば荒れるのも仕方がないのかもしれない。

が、これ以上暴れられれば村はただでは済まない。
実際に近くの倉庫は、壊れてしまっている。

「このままじゃあの子も危険よ」
「……痛みがわからなくなってるらしい。いつ血が足りなくなって倒れてもおかしくないな」

間近で見る迫力のある光景に、眠気はもう消え去っていた。

俺はサントウルフがこれ以上暴れないよう、彼の周りを囲うように地面を土属性魔法・地起こしで盛り上げて壁をなす。

それにより、サントウルフはぴたりと動きを止めた。
しかし落ち着いたわけではなく、身体全体で土壁を打ち壊し、こちらを振り返る。

フシューと息を荒くしながら身を低く沈め、睨みつけてきたと思ったら、こちらへ走り出した。

「水よ、穏やかなる水よ。永遠なる静寂を紡げ。水紋波動……!」

セレーナが水属性の魔法により、シールドを張る。
その技を一目みて、使えると思った。

「――――水紋波動!」

そのまま真似をしてシールドを後ろから重ねる。

そこへ、サントウルフは助走の勢いそのままに飛び込んできた。
大きな身体もあいまって、かなりの衝撃が魔力を通して伝わってくる。

「頼む、止まってくれ。俺はこの子を捕えてどこかに売り渡そうなんてつもりはないんだ!」

そうは言えど、彼は弾かれただけでは諦めてくれない。

何度も何度も攻撃を試みるサントウルフだったが、俺たちがシールドを張り続けていたらその勢いはやがて収まってくる。

それでもなお立ち上がってこようとするから、俺は一瞬の隙をついてフスカのカゴを開けにいった。

「これなら信用してくれるか……!?」

より興奮させる可能性もあったから、いちかばちかの賭けだった。

中から出てきたフスカは、いまだ戦おうとするサントウルフへと寄り添う。なにやら鳴き声でやり取りを交わしあうと、やっと落ち着いたようで、彼は大きな体をその場に伏せた。

ほっと漏らした息が、セレーナと重なる。

「…………私だけじゃ、とても押さえ込めなかったわ。それにフスカで落ち着かせるなんて思いつかなかった。さすがね、アルバ」
「いいや。あそこで水属性魔法を使おうって考えついたのは、セレーナのおかげだよ」
「水属性の魔力の特徴は、『緩和』だもの。使えるかと思ったの」
俺たちはこう会話を交わしながら、ひとまずサントウルフの元へと歩み寄る。

後ろからは、騒ぎに起き出したのだろう住人たちもこちらを伺っているようだった。

「……ひどい怪我だな。ポーションでもあれば、ってここにはないよな」
「アルバ。この傷、自然にできたものじゃないわ」
「さしずめ、誰かに狩られそうにでもなったんだろうな」
「密猟ってことね」
「あぁ。前に闇市の極秘視察に行った時、高値で取引されてるのを見たことがある」

禁止されたから、とそれをただ受け入れるような優等生だけではない。
今でもその滑らかな手触りを誇る毛皮を欲しがるものは多く、ある筋では、むしろ希少価値があがっているのだ。

人の私利私欲により痛ましい姿で横たわるサントウルフに、俺は目を落とす。

「あら。アルバも闇市の視察に行ったのね。私も前にクロレルと行ったわ。もっとも彼がいい人間だった時の話だけど」

失言に気づいたのは、セレーナが返事をくれたときだ。

そうだ、あの時の俺はクロレルと入れ替わってセレーナと視察に行ったのだった。

「あ、いや、まぁな。俺のは、ちょっと前の話だよ。それより、とりあえずはこいつのカゴも作ろう。それから、この対処は考えようか!」

焦った俺は有耶無耶にしようと、一気にごまかしにかかる。

「待って、アルバ」

が、それを止められてしまうものだから声がひっくり返る。

「な、なに? なにかまずいことでも!? 嘘じゃないって、俺だってマジで視察に――」
「そうじゃない。この傷口。一緒よ」
「…………なんのこと?」
「前に壊されていた魔除けの柵と同じ切り口よ。ほら、見て」

バレなかったことに内心ホッとしつつ、覗き込む。
だが、俺には同意を求められてもさっぱり分からない。

ただ彼女の洞察力は、鑑定スキルを抜きにしても信用していた。

俺は背後を振り返る。
すると、そこにいた村人はおびえたように目を逸らした。

「なにか知っているんですか?」
「わ、悪い。アルバさん。それだけは……他言しないよう言いつけられてるんだ」

思えば柵を壊した犯人を尋ねた時も、はぐらかされている。

どうも、よっぽど言えない相手のようだ。
ならば被害者である彼らを無理に問い詰めてもしょうがない。

俺はサントウルフの方へと向き直る。

「この傷、まだできて間もない。ということは、この山の暗闇にその悪党が潜んでるってことになるよな」
「そうなるわね。それも、かなり近いわよ」
「……じゃあ探しに行こうか、そいつら」
「あら、珍しい。あなたがこんな夜中に動く気になるなんて」
「今ここで捕まえて、すべて終わらせたいだけだよ。だらだら引きずる方が面倒くさいだろ?」