「サントウルフ。エメラルド色の毛並みに、一筋だけ入った白の模様。間違いないわ、数百年生きると言われてる幻の聖獣よ。これはその子供のオスね」
セレーナがすぐに鑑定をかけると、実際にそうだったらしい。
その名は、勉強嫌いの俺でも知っていた。
この世界には、瘴気を帯びる魔物もいれば、逆に光属性の魔力を帯びる聖獣もいる。
その中でもかつては人と共存し、繁栄したとされるのがサントウルフだ。
しかしある時からはその立派な毛皮を目当てに狩りがされるようになり、その数を大きく減らした。今や狩猟を禁じられているほど貴重な存在だ。
「昔は人間とコミュニケーションが取れたなんて伝承もあるそうだけど、今のサントウルフは敵意をむき出しにするそうよ。人間が自分たちに害をなす存在だって分かってるの。賢い生き物ね」
「うーん、それにしてはおとなしくないか? 誰かが飼い慣らしてたのかな」
「その線は薄いと思うわよ。せっかく見張り番にもなるのに、わざわざこんなゴミの下で飼う必要がないもの」
「となると、ちょうどいい寝床だったのかも」
なるほど、賢いと評されるのも頷ける。
これまで捨てられては積み上げられる一方だった魔導具の山である。
その下を住処にすれば、たいていの脅威を凌ぐことはできよう。
だとすれば、無粋な侵入者は俺たちの方だ。
なにより相手が狼といえど、俺はその眠りを妨げてしまった。
自分がされるとなったら、たぶんかなり不機嫌になってるね、うん。
「えっと、とりあえず……まだ余ってたよな? クロツキノワの干し肉」
「えぇ、あまりすぎて困っていたくらいよ」
「じゃあ、寝床を作って餌をおいて、そっとしておこうか。暴れられても困るし、大カゴの中にいてもらうとしよう」
俺は集会所へと戻ると、すぐに鉄製のカゴを『有形創成』によって生成する。
サボりばかりを極めてろくに特訓してこなかった俺だが、実践する中でだんだんと慣れてきていた。
単純な構造である鉄柵くらいなら、あっさりだ。
なんなら、落ちていた錠をそのまま利用して扉を作る余裕もあった。
だがそれを引きずってサントウルフのところへ戻ると、どうも様子が変だ。
「寝てたわけじゃないみたいよ。調子が悪いみたい。ずっと小さくうめいてたもの。ほら、目も一応開いてるわ」
「……弱ってるってことか」
「うん。『状態鑑定』もしてみたけど、間違いないわね。原因は、ほらこれ」
セレーナはサントウルフの両足に手をかけ、仰向けに返す。
すると、お腹が凸凹に出っぱっていた。
立派に生えた柔らかな毛の上から触ってみれば、ゴリっと固い。
「魔導具のなにかを食べたんだな」
「そうね、魔導灯みたいよ。下手に動かせないわね、もし割れた破片が中で刺さっていたら、大変だもの」
セレーナの的確な分析により、その場にいた数人の間に落胆の空気が流れる。
そんななか俺は一人、合理的判断と自分の思いとを天秤にかけていた。
本来なら、その強靭な手足や牙でもって、人を襲うほど凶暴性のあるサントウルフだ。下手に助けて暴れられたら敵わない。
判断に迷っていると、
「くぅ…………」
サントウルフがか細く鳴いた。
そのつぶらな輝きを持つ瞳で俺を懸命に覗き込んでくる。
はたして、これが決定打であった。
後先考えるのはやめだ。なにか起きたら、あとで責任を取ればいい。
俺は鉄カゴを脇に置いて、一歩前へと出る。
「まさかヒールスキルでも使えるの?」
「いいや、俺はスキルの類は何にも持ってないよ。こんな状態に使える薬草も今はないし」
でもその分、属性魔法なら有意に操れる。
俺はぐったり横たわるサントウルフの前に屈むと、その腹部分に手を当てた。
そこへ加えていくのは、『風』の魔力だ。
俺はそれをじっくりとサントウルフの体内へと浸透させていく。
魔力の先に意識を向ければ、それが触れているものの全容がだんだんと分かる。
一部が欠けた魔道灯を見つけた俺は、そこに魔力を集中する。
少しもサントウルフにダメージを与えないためだ。
そして万全の準備ができたのを確認したら、拳を握ることをキーに、風属性魔法を発動した。
胃の中から鈍い音がする。
同時に大きく膨れでていた腹が、だんだんと収縮していく。
少なくとも、やりたいことはできたようだ。
「な、なにをやったのですか。まさか殺して……」
村人さんが怯えたように言う。
魔法がわからない人から見たら、確かにそう思えるかもしれない。
「いいえ、違いますよ。身体の中の魔道灯にだけ魔力を伝わせて、一気に破壊したんです。粉々にしておきましたから、これで詰まりは、解消されますよ」
「……胃の中の見えない道具を破壊……? 魔法って、そんなことまでできるのですか」
「ちょっとした応用ですよ。それに、セレーナの鑑定のおかげで、場所が大体掴めてましたから」
俺たちは、その後もしばらくサントウルフを見守った。
念のため、鉄カゴに入れたうえで、だ。
すると、彼はやがて立ち上がって近くに置いていた餌がわりのクロツキノワの肉を食らい、水をがぶがぶと飲む。
よほど飢えていたようだった。
それこそ、ガラスの魔導具を食べようと思うくらいには限界だったのだろう。
でも、あれが消化されれば粉塵となった魔導具も一緒に出てきてくれるに違いない。
「今のところ、襲ってくる気配はないな」
「うん。やっぱり賢いって言われてるだけのことはあるわね。あなたを恩人だと認識したのかも」
「そうか? ただ腹が減って喉が渇いてただけじゃ…………」
「検証してみたらいいわよ。そこから手、入れてみて」
いや、噛みつかれたりしない? 俺も餌だと思ってたりしない?
懐疑的に思いつつも、俺は何の気なしに柵の隙間から試しに手を差し出してみる。
すると、どうだ。サントウルフは、ゆっくりこちらに近づいてくる。
獲物を見定めていたりして、と内心少し恐れていたら、彼は前足をとんと俺の手のひらに置いた。
ふにっと独特の柔らかな感触が指先を包んだ。
引っ掻いたり噛んだりはしない。
もう片手を出すと、今度は柵の隙間から捻り出すように顎先を乗せてきた。
「ほら、大丈夫じゃない。ふふ、初めて見た。聖獣がこんなにも甘えてるところ」
とは、セレーナ。
俺はそれを片耳で聴きながら、サントウルフの頭を撫でる。
気持ち良さげにその目を細める姿には、強く心を揺さぶられる。
「……決めたよ、俺」
「あら、なにを?」
「こいつ、飼おう。名前は、この立派な毛から取って『モフ』だ」
「ふふ。可愛らしいわね。私的には青の旋風で『ブルーブラスカ』とかどうかと思ったのだけど」
うん、方向性が違いすぎるね。真逆と言っていい。
少し議論をしたのち間をとって、名前は『フスカ』に決まる。そこで、ふと思った。
「あれ、そういえばフスカが俺を噛まないってなんで分かったの。そんなことも鑑定できるのか?」
「勘よ」
結局かい。