村人らは、歯切れのいい返事で快諾してくれて、丁寧に村の中を紹介してくれる。

その全景は、踏み入れて一歩目で覚えたものと大差ない。
やはり各所に魔導具の残骸が転がっていて、家屋は掘っ建て小屋程度の小さく脆そうなものばかりだ。

「こちらが一応畑になっていますが、この間の大雨でやられてしまいました」
「……そうですか。では、水は?」
「水は井戸があるのですが、土が混じっているうえ、どうも異臭がするのです。山まで汲みに行くことがほとんどですね。ついでに木の実やらの採取もしております」

かなりの惨状であることは、言うまでもない。

都市の、それもその中心に大きな居を構えてきた貴族の生活環境とは、その全てがまるで違う。
あっけに取られているうち、空き家になっているという一軒の家を仮の住まいとして紹介してもらったところで、村案内が終わった。

彼らはクロツキノワの処分をしてくれると言う。

「予想以上ね」

という淡白な感想が、セレーナから漏れる。
彼女も少なからず衝撃を受けているようだった。言葉少ななときほど、冷静そうに見えて、戸惑っている。

「俺にしてみれば、期待の随分下だったよ、色々と。というか、この家も寝泊りできるような環境なのか? 風で吹き飛びそうだぞ」
「ありえないとは言えないわね。それに、そもそもこの村自体が危険よね。まだ柵は壊れたまま。クロツキノワの残した匂いに惹かれて、また入ってくるかもしれないわ」
「……そうだな」

うーん、なんて考えることが多いのだろう。
俺の理想たる究極スローライフをやるには欠けているものが多すぎん?

「せめて、村の外まで誘き出してから倒すべきだったか……。そこまで頭が回らなかったよ」

だって、なかば腹いせで倒したわけだしね……。
悪手だったかと唇を噛む俺の肩に、セレーナがぽんと手を置く。

「あの状況なら仕方がないわよ、きちんと後処理をすればいいだけのことじゃないかしら」
「……そうだな」

本当に令嬢かよ、ってくらいの落ち着きだな、まじで。

少なくとも、街中で噂されているような『深窓のご令嬢』像とはかけ離れている。

普通、ご令嬢様がこの状況で冷静な判断なんてできないからね?

そう言う意味でも、彼女が一緒に来てくれてよかったのかもしれない。

「クロツキノワを処分すると言ってくれているなら、なによりの問題は柵ね。村人たちは、夜も交代で見張りをするそうだけど……」
「非効率すぎるし、魔法も使えない村人が見張ってても安全とは言えないよな」

それは、ゆゆしき大問題だ。

なぜかといえば、安眠ができないから。

今俺がどうしてもしたいのは、安眠なのだ。
ただの睡眠じゃなくて、ひたすらに安らかな眠り。そのまま身体が溶けていきそうなほど幸せな眠りである。

そして身の危険を一切感じず、心地と都合のいい夢を見たあと、好きな時間に自然と目を覚ます……。

あの幸福感ある睡眠だけを、俺の体は求めている。

そのためならばと覚悟を決めて、一つ息を吐いた。

「やるしかなさそうだな……」
「やるってまさか、あなたが朝まで見張るの?」
「そんなことするわけないよ。っていうか、無理。色々あって寝不足なんだよこの二日ほど」
「……あら、そうなの。馬車の上は揺れるからかしら。ふふ、意外と繊細なのね」

セレーナの匂いやら柔らかさにドギマギしすぎたことが実際の理由なんだけどね?

まぁとにかく、身体は疲れ切っているという点は同じである。

繰り返すが今必要なのは、安眠だ。
その前に立ちはだかる課題ならば、なんだろうが解決する。

――できれば、可能な限り最低限の手数で。

そう決意して、俺は壊れた柵の元へと向かった。