俺は足元近くまで転がってきていた一つを拾い上げる。
なんとなく見たことがある形状をしていると思えば、それは魔導灯の残骸だった。表面を覆うガラス部分が無残に割れて、魔石からエネルギーを変換する装置も壊れている。

少し歩いてなにかを蹴飛ばしたと思えば、寂れて茶色になった蛇口だ。
壊れた樽も、近くには積み上げられていた。

うん、これらも当然のように使えそうにない。

「ここは、都市から出た魔導具みたいな捨てにくいゴミを捨てる場所になってるの。
定期的に、わざわざ運んでくるらしいわ」
「……いや、そんなことしたら住民の人が怒るんじゃ――」
「魔導具は中には使えるものもあるから、ここには、それを使ったり分解して生活費にしている人もいるそうよ」

そして、セレーナは続ける。
声が地を這うように、一気に冷たくなった。

「クロレルは、『下民らしい生活だな、まぁ俺たちの廃棄物で過ごすのがお似合いってわけだ』と罵っていたわね」
「……なんというか。ちなみに、それはいつの発言?」
「少なくとも、半年以上前よ」

あまりにもどうしようもないが、それを言い出したらこの国の人間は大概そうだ。
一定以下の身分の人=下民は、都市に入ることさえ許されないなど、かなり雑な扱いを受けている。

とくに貴族の中には、下民を毛嫌いするものも多いそうだ。

ちなみに俺にしてみれば、いちいち身分で分けるなんて面倒なことするなぁ……って話で、その制度には反対だ。
この反応を見るに、セレーナもそうらしい。

「じゃあ少なくとも半年以上は、この環境ってことか……」

父親が「罰だ」と言っていたわけが、今になって分かる。

……こりゃあ、後処理を押し付けられたのと同じだ。
開拓以前に、大大大掃除から行わなくてはいけないらしい。

軽く、いや割とまじで絶望的な気分だった。

「あの、では私どもはこれで……」

だから御者にこう声をかけられても半分上の空で、とりあえずの感謝だけを伝えて見送る。その後も、頭ははっきりしてくれない。

「どうしたの、アルバ」
「……悠々自適な生活を送るはずだったんだよ、俺。自然に囲まれた中で、起きたら散歩とか言って森林浴してさぁ」
「それは無理な相談ね、たぶん。夢のまた夢よ」

思い描いていた青写真が、巨人にでも踏みつぶされた気分だった。
俺が酷すぎる現実にすっかり打ちのめされ棒立ちとなっていると、少し先の集落から悲鳴が聞こえてきた。

振り返れば、住民と思しき人が数名、こちらへと走って逃げてくる。

「あ、あなた方は誰ですか!? とにかく逃げてください!! あいつは狂暴なんですっ!」

彼らがこう忠告してくれると同時、地面が大きく揺れはじめた。
それによりゴミ山が音を立てて、なだれを起こし、俺たちの足元まで転がってくる。

その後ろから猛然とこちらに駆けてくるのは、獣型の魔物だ。
民家3軒分くらいの大きな身体を揺らしながら、四つん這いになって駆けてくる。

だが、俺はいまだにその場に突っ立っていた。

「あれってたしか、クロツキノワ。クマ型の魔物よ」

セレーナがこう教えてくれるが、やはり俺は動けない。動く気にもなれない。

「……なんだよ、これ」
「なんだよ、ってどうするの。私の水魔法も鑑定スキルも戦闘向きじゃないから、あんな大きい奴相手にしたらなにもできないわ。
あなたも、たしか魔法は使えないのでしょう。逃げた方が――」

彼女が、俺のジャケットの袖を軽く引く。

その時にはもう、クロツキノワは目前にいた。地鳴りのような咆哮とともに、勢いのままこちらに跳びかからんとしてくる。

とても、とても煩わしかった。

今、俺は魔物なんかを相手にしている場合じゃない。このゴミ捨て場状態の村で生きていかねばならないのだと思うと、それだけで頭がいっぱいだ。

「俺のスローライフ計画どうしてくれるんだよ~~!!」

だから、一撃で。

俺はセレーナの前へ出ると、腰に差したナイフを抜く。
魔力《・・》を込めることで一時的に尺を伸ばす技・風属性魔法「縮突≪しゅくとつ≫」(俺のなかでは、「なんか伸びる奴」という認識だが)を使い、クロツキノワの喉元を的確に突いた。

感触は完ぺきであった。
ナイフを抜くと、クロツキノワはうめき声をあげたあとに、一度伸びあがる。そののち、その大きな体を地面に横たえた。

勝負ありだ。
砂埃や魔導具の欠片があたりに舞うなか、俺はナイフをハンカチでぬぐったのち、腰元にしまいなおした。

「き、貴族様だったのですか! というか、あの化け物・クロツキノワを一撃で、しかもナイフで!? す、すごすぎる!」
「お、おぉ、もうあのツキノワに怯えなくていいんだ……! ありがとうございます!!」

しばらくして、逃げてきていた住民らしき方々からは歓声が上がる。

「……アルバ。あなた、魔法使えたの? しかもこんなすごい技を無詠唱で……?」

一方、俺の後ろにいたセレーナは凛々しく切れ長の目を今ばかりは丸くしていた。

無理もない。
なぜなら俺は、魔法を使えないこととされており、それが理由で周囲からは無能と罵られてきたのだから。