一人のはずだった旅路が、二人となって。

俺たちは休み休みしながらも、ハーストンシティから目的地であるトルビス村を目指して進んでいた。

全行程約4日の遠乗りだ。とある事情でほぼ寝られなかったことをのぞけば、基本的には、快適な旅であった。

馬車の揺れは少なかったし、籠には魔物避けのコーティングが施されていたため襲われることもない。
食料面や飲料面は、セレーナも携帯食を用意してくれていたから困らなかったし、衛生面も途中途中の水浴び場を利用できたため問題なし。

そして、危惧していた会話が持つのかどうかという点についても、とりあえずは心配なかった。

俺は膝上で眠りこけているセレーナの白すぎる顔を覗きこむ。

馬車に乗ってからというもの、彼女は日がな眠そうにしていた。聞けばあの朝は、急遽旅立ちの用意を整えて、徹夜をして俺を待ち受けて居たらしい。

たぶんその疲れがどっと押し寄せてきたのだろう。

……いや別に、助かったとか思ってないよ?
というか、それで言えば正直今の状況だって、ある意味では危険だ。

彼女が俺の方向へ寝返りを打ったせい、柔らかいところがむにむに当たってめちゃくちゃ困っている。

しかも、いい香りも漂ってくるし! 鼻の奥をくすぐるのは、薔薇の花弁から漂うような濃密な甘さだ。
意識してしまったせいで、頭がくらくらしてくる。

俺がつい、ごくりと唾を飲まされたところで……

「そろそろ到着いたします」

御者から声がかかった。一気に、正気に引き戻される。

「あ、ありがとう……!」

俺はどうにか返事をしてから、セレーナの肩を揺すった。

と、長いまつ毛の下に潜んだ瞳が、ふっとその姿を覗かせる。
美しい藍の輝きは窓から漏れてくる夕日に照らされて、まるで精巧なステンドグラスのようにも映った。

「セレーナ、そろそろ着くみたいだから起きようか」

はじめは敬語を使っていたが、彼女の方からやめるように言われた。
俺としても、その方が慣れているのでありがたい。

「…………あら、ごめんなさい。また寝てしまっていたみたいね。あなたの匂い、なぜか落ち着くから。重くなかったかしら?」
「あぁ、うん、それは大丈夫だよ」
「……それは? ということは、なにか大丈夫じゃないこともあるの?」
「いや、別にそういうわけじゃないさ」

欲情しかけてました。
なんて本人にありのままを言えるわけもない。

俺は彼女の追及を躱して、素知らぬふりを決め込む。わざとらしくないよう荷物やらの整理を始めて、馬車が止まったところで降り立った。

「……なんだ、これ」

そして、目の前に広がっていた光景に驚愕する。
持っていた荷物を一度、地面に落としてしまった。

「ここがトルビスね。そう、やっぱりこうなっていたのね」
「セレーナ。来たことがあるのか? やけに落ち着いてるけど……普通、そうじゃいられないだろ」
「いいえ、ないわ。でも一度だけ聞いたことがあったから」
「先に教えてほしかったな、それ……」

そこに広がっていたのは、簡単に言えばゴミだった。
一応、ぽつぽつと戸建ての家が並んでいて集落があることは窺えるし、周りは山々に囲まれていて自然豊かでもある。

だが、その集落の真ん中にこんもりとゴミが積み上げられているのだ。生ごみではなく悪臭はしないが、決して快い環境ではない。

想像をはるかに超えたゴミだめっぷりだった。