「ちなみに、どちらにしても私はクロレルの元には戻らないわよ。そのために、食料だってほら、こんなに持ってきた」
合理性か私情か。迷っていた俺に、彼女が付け加える。
それと共に見せてくれたのは、背負っていた大きな鞄に入っていた大量のマフィンだ。なぜその選択? だなんて聞いている場合ではない。
「え、もうそこまでの決意が固まっているのですか」
「そうよ。あなたが私を拒むなら、私は一人で放浪にでも出るつもり。それくらいの覚悟よ」
……おいおい、なんだよそれ! さすがに規格外すぎませんか、お嬢様……!
それくらい、クロレルが無理だったのかもしれないけど!
たしかセレーナは両親が高齢になってからの子供で、一人っ子として大事に育てられてきたと聞いていたのだけど、ちょっと強すぎん?
俺がうろたえていたら、彼女は腰元から小さな刃を取り出す。すると、それで長かった髪をばっさりと下ろした。
彼女の美しい髪が光を帯びながら、風にさらわれていく。
「な、なにを」
「これが覚悟よ。言葉だけじゃないって分かってくれるでしょう?」
暴挙きわまりない行動だ。
その髪を伸ばすために、しなやかさを保つために、どれほどの時間をかけたか分からない。それをばっさり落としてしまったのだから。
だが、彼女が決して冗談や揶揄いで言っているわけじゃないことははっきりと伝わってきた。
その強さが答えを出すのを容易にする。
どうせ彼女が兄の元を離れるつもりなら、気にしたってしょうがない。
「……じゃあ、その、えっと。き、来てくれませんか、一緒に」
クロレルとしてではなく、アルバとしてこんなふうに面と向かって女性を誘うのは初めてのことだった。
イメージしたのは、完璧な笑顔と超絶いい声だったのだが、全然うまくいっていない。
なんなら、酷すぎて言った途端から恥ずかしい。
もしかして言い直すべきなのか、これ。いやいや、言い直すのはさすがにださすぎん?
なんて思っていたら、ふわりと。
紫の薔薇が喜びにほころぶように、彼女の口角が軽く上がる。
「最初からそのつもりよ。じゃなきゃ、来てない。さっき言った、一人で放浪の旅に……ってやつ。あれ、嘘」
「……はい?」
「私、はじめからアルバについていくつもりだったの。断られない自信があった」
「それ、もしかしなくても……」
「そう、勘。直感よ」
セレーナはこう言い切ってから、「決して他言しないように」と門番、御者に金を握らせて馬車に乗り込む。
その賄賂は、さも最初からそうするつもりだったみたいに、綺麗な包みにくるまれていた。
……一人旅のはずが、もしかすると、とんでもない同行者ができてしまったのかもしれない。