でも、せっかくクロレルの未来のためにお膳立てをしてやった時間が無駄になってしまうのは、少々受け入れがたかった。
「そうね、たしかにそうだった。でも終わったの。
だいたい二週間ほど前かしら。突然、クロレルの纏ってる空気が変わったの。数ヶ月前の悪かった頃に逆戻りしたみたいに」
「…………えっと、気のせいでは?」
「気のせいではないわ、間違いない」
セレーナは、はっきりと言い切る。
そのあまりにも迷いのない言い方は、まるで入れ替わりの事実を知っているかのようだ。
俺は少し焦るのだけど、
「私の直感よ」
どうやら、そういうわけではないらしい。
要するに、ただの勘。
でも、ずばっと的中しているのだから、彼女の『直感』は侮れない。
常人のそれなら、「そんな馬鹿な」と笑い飛ばせるのかもしれないが、セレーナの発言には根拠がなくとも力がある。
なんとなく納得させられそうになってしまうのは、彼女と過ごした時間で体験してきている。
俺は辛うじて踏みとどまって、言い返した。
「直感ですか……。でも、兄が変わったことと俺を待ち伏せていたことになんの関係が?」
「ごもっともな意見ね。でもそれは、私にも分からないの」
「えっと……? もしかして、それも直感……」
「そう、それよ。私はあなたに会いたかった。あなたを探していた、そんな気がするの」
「格好よくて、背も高い、しかも婚約者である兄にじゃなくて、俺に? 犯罪をおかして辺境地へ飛ばされる俺に?」
「見た目とか関係性とか、そんな表面的なことはどうでもいい話よ。もう迷わない。私はとにかく気持ちに素直になることにした。逃げたくなったの、ここから。逃げたかったらしたいようにすればいい。昔そう言ってくれたのはあなたでしょ」
「……そんなこともありましたけど」
「そ、あったの。だから、私はアルバをここで待ってた」
澄んだ冬の湖みたいなその藍色の目が、俺の心の中を探るかのようにじっとこちらを射る。
心臓が今までにないくらい大きく跳ねた。
婚約者として接していた時から思っていたことだが、めちゃくちゃだ、この人は。
だが、だからこそ胸を熱くさせられる。
一方的だと思っていた親しみの感情を、彼女も持ってくれていた。
理由が直感とはいえ、誰も気づかなかった本当の俺を見つけてくれた。
そう思うと、喉元にこみあげるものがあった。
「ねぇアルバ」
「な、なんでしょうか……」
「突然であることは百も承知で言うわ。……私もあなたと一緒に行きたい、一緒に逃げたい。連れて行ってくれないかしら、辺境の地に」
まだ落ち着かない中、考えてもみなかった申し出があって、俺は返事に窮する。
だが、模範解答については考えるまでもない。
ここは断る一択だ。軽率にそんなことをして、もしクロレルに露見したら間違いなく面倒なことになる。
だから断らなくてはいけない。
そう分かってはいたのだけど、同時にそうしたくないという思いも胸にはあった。