小町が妖術で結花を襲ったのは火を見るより明らかだった。このままでは危ないと思ったライトは結花の手をひいて、会場外に連れ出した。

「待て!邪魔をするな、見習いイタコ!」

激怒した小町が追ってくる。走るのに必死で、どうやってこの状況を結花に説明するか考える余裕すらない。しかし、あっという間に路地裏まで追い詰められてしまった。

「本当に卑しい血筋だな。私から『髪結いと押し花』を盗んだ静月の玄孫というだけある。結花と言ったか。それも本当の名前ではないのだろう? 私が全てを懸けて書いた小説から名を取るとはたまげた外道だ。私を騙して盗作した作品で名声を得て、私腹を肥やして、楽しかったか?どこまで私を愚弄すれば気が済むんだ!」

ライトは結花をかばおうとした。が、その前に結花が代わりに返事をした。

「よくわかりませんが、猫又さんは高祖父を恨んでらっしゃるんですね。それで私を殺そうとしている」

「ああ、そうだ。貴様の曾祖母も祖父も父も仕留め損ねたが、貴様が一番あの忌々しい静月の面影を色濃く残している。『髪結いと押し花』の歌物語を我が物顔で演じる盗人猛々しい様は静月そっくりだ!ここで死ね!」

ライトには状況が呑み込めていないが、結花は冷静だった。そもそも、ライトは結花にも小町が見えているという状況の理由が分かっていない。
 ふと、授業で習った高遠静月の『黒い夕顔』の一節を思い出していた。

「霊は見えないというが、強い恨みにとらわれた霊は元凶の目には映るという」

小説の中だけの、もしくは言い伝えだけの話だと思っていた。しかし、あまりに強い恨みを持っているのならば、小町は間違いなく結花を殺す。ライトはここで小町を止めなくてはならない。

「いいですよ」

結花は冷静に言った。丸腰のまま、一歩小町に近づいた。

「どうぞ、私を殺してください。出来れば一撃で」

「ははっ。安心しろ。静月は勝手にくたばっただけだ。病気で呪い殺すなんで回りくどいことはしない。一瞬で地獄に落としてやる!」

小町が再び黒い光を放った。

「だめええええ!」

ライトは鞄からお札を取り出して、小町に向かって投げつけた。封印するだけの力はない。3日ほど小町の動きを封じる程度の代物だ。本当はこんなものは使いたくなかった。小町を信じたかった。

「見習いイタコ! 何をする! 誰がここまで連れてきたと思っている!丈夫な体を持っているくせに、私がいなければ田舎の片隅で男に虐げられているだけだったお前を、東京まで連れてきてやった恩を忘れたのか!」

「最初から、このつもりだったの……? 結花ちゃんを殺すために、あたしのことを利用したの?」

 授業中に筆談したこと、2人で寄り道をしたこと、秘密の場所で過去を打ち明けたこと、共に過ごした日々が頭に浮かんでは消える。生まれて初めての友達との思い出。そのすべてが幻や偽りだったとは思いたくなかった。

「ははっ……確かに、私は今イタコに憑いているからイタコからそう遠くは離れられない。お前を東京に連れてくる必要はあったさ。騙されたとでも言いたいのか? 全部私のせいか? ここに来るのにお前の意思は一切介在しなかったというのか?お前の望みじゃなかったのか?」

「ひどいよ。信じてたのに」

「よくそんなことが言えたな。白々しい。信じていないからこんなものを持ってきて今私の動きを封じているんだろう?」

ライトは図星をつかれ何も言えなくなる。弁解しようとしても声がうまく出なかった。

「結局、イタコには自分というものが無いんだ。私を疑ったのは祖母が危険な妖怪だと言ったから。芸能界を目指すのはこの女が好きだから。確かに私はイタコの感性が好きだ。だが、感性だけで生きていけるとでも思ったか? そんな女は騙されて捨てられてすべてを奪われるんだ。憎き高遠静月に、小説を盗作された私のようにな!」

作品は我が子、と小町が言っていたことを思い出した。我が子のような作品を奪われた復讐として、高遠静月の血を絶やす。それが小町の目的だった。

「なるほど、やっぱり私、生まれてきちゃいけなかったんですね」

何も言えなくなったライトの代わりに結花が言う。希死念慮をあらわにする結花と、殺意を剥き出しにする小町が同じ場所にいるのはどう考えても危険だ。ライトは小町を置いて、いったん結花を連れてその場を離れることにした。

「ごめん小町! 必ず戻ってくるから! ちょっと頭冷やしてよ!」