ライトは写真を小さなコンクールに応募した。小町は疲れて眠っている。妖怪も疲れて眠るということがライトには意外だったが、よく考えてみたら最初の日も小町はぐっすり寝ていたことを思い出した。
 口は悪いものの、こうして穏やかに眠っている小町はどうみても禍々しい悪霊には見えなかった。ライトは祖母に小町について探りを入れることにした。

「おばあちゃん、前聞いた猫又のお話聞いてもいい?」

「もちろん。そうだねえ、一言でいうなら行動の読めない妖怪だ」

「妖怪ってみんな不思議なものじゃないの?」

「とはいえ、人間にも習性があるように妖怪もある程度は規則的に動くものさ。たとえば、以前話したとは思うが、この世にとどまる期間が長いほど怨念は強まっていく。大体の場合、人を呪い殺すまでエスカレートしていくものなんだけれど、あの猫又はね、死後すぐに吉田さんのひいおじいさんを殺しているんだよ。そして、そのあとは低級霊のようなことしかしていないようだ」

「それは、猫又から聞いたの?」

「いや、吉田さんの証言だよ。普通の霊であれば、生前何があったのかという対話もできるし、心の内を見ることもできるけれど、彼女の場合恨みが強すぎて、その心の闇の奥まで見ることはできなかったんだよ」

「じゃあ、人を殺したっていうのは吉田さんって人の勘違いかもしれないってこと?」

「とはいえね、ばあちゃんだってどの程度魂がこの世にとどまっているかや死因くらいは分かる。吉田さんのひいおじいさんは若くして病死している。そして、猫又の死因は同じ病気で亡くなったのもひいおじいさんが病気になる前だ。ひいおじいさんはあまり人とかかわるような人ではなかったから病気をもらって来たとも考えづらいといっていたねえ」

「それで、吉田さんって人はどうなっちゃったの?」

「吉田さんは婚約直後に交通事故にあって、他にも誰もいないのに階段から突き落とされたりと、結婚前後に色々な災難に見舞われていたんだ。吉田さんのおばあさんやお父さんも同じように結婚前後から子供が生まれるまでの間だけ呪いのようなものを受けたらしい。」

「うーん、不思議だね……。あと、もう1個質問なんだけど、おばあちゃんは妖怪を祓うってよく言うけど、祓うってどういうことなの?」

「要するに、この世に留まっている悪い魂をあるべき場所へ送ることだよ」

あるべき場所という言葉にライトが恐る恐る反応する。何せ、祖母が祓うのは悪霊や人に危害を加える妖怪の類である。

「地獄ってこと?」

「いや、そうとも限らないよ。そこまでの悪さをする妖怪はなかなかいないから、大体の場合はこの世とあの世の狭間でその罪を償えば天国や極楽のような場所に行くことになるね」

「大体ってことは、そうじゃない妖怪もいるの?」

「そうだね。妖力で人を殺したり、他の霊の魂を消滅させたりすればその魂は無条件で地獄で永遠に罰を受け続けることになる」

ライトの背筋に寒気が走った。しかし、聞きたかったことは大体聞けたので、ライトは椅子から立ち上がる。

「ありがとう、おばあちゃん」

「いいんだよ。ばあちゃんはね、夕子がイタコのお仕事に興味を持ってくれたことが嬉しいよ。なんたって夕子は口寄せの才能があるんだから」

口寄せというものは、簡単にできるものではない。祖母はやめさせたが、ライトは確かにイタコとしての才能に優れていた。

「おばあちゃんがやめさせたくせに」

「あれはねえ。いつまでも何度も呼び出していたら夕子の両親が安心できないし、呼び出している状態と言うのは、それこそ魂があるべき場所に無い状態だからねえ」

祖母の言っていることは至極正論ではあるが、ライトとしてはどうしても納得がいかなかった。

「本当に数珠まで使い出した時にはびっくりしたよ。しかも覚えているかい? ばあちゃんが叱った後も懲りずに2人を呼び出そうとして間違って悪い霊を呼び出してしまっただろう? その時に、ばあちゃんの見よう見まねでお札を使って霊の動きを封じたんだよ。まだ小さかったのに。夕子のお母さんやばあちゃんが子供の頃はそんなことはできなかったよ。修行してくれなくなってばあちゃんは悲しかったんだけれどね、だからこうして夕子が継ぐ気になってくれてうれしいよ」

ライトは当然イタコを継ぐ気はない。探りを入れただけのつもりが、話が飛躍していることに驚いた。

「継がないよ。あたしは東京で芸能人になる。だから東京の大学に進学する」

「そんなこといったってねえ、夕子は時々部屋で歌っているけど、歌の才能があるとも思えないし、演技の才能があるとも思えないし……。ばあちゃんから見れば可愛い孫だけれど、芸能界にいるのは本当にフランス人形さんみたいな可愛い子ばかりだから夕子がやっていけるとは思えないよ。それに夕子は口下手だから面白いおしゃべりの才能があるとも思えないし……」

才能。才能。またこの言葉だ。感受性の強いライトは、推しのアイドルである高遠結花のアンチスレで何度もこの言葉を見て自分のことのように傷ついている。
「高遠結花は才能がない」「才能の無い一発屋の子孫は一発すら打ち上げられない」「遠い先祖の七光り」「さすがにセンターはゴリ押しが過ぎる」酷い悪口を、ツイッターやインスタには毎日のように目にしている。

「なんでそんなひどいこと言うの!」

ライトは机をたたいて反論し、自分の部屋に走って戻って鍵をかけた。音で小町が起きる。

「どうした?楽しみにとっておいた茶菓子でもなくなっていたのか?」

「違うし……。ねえ、小町。才能があることしかやっちゃいけないの……?」

ライトがつぶやく。

「才能があったって、幸せになれるとは限らないさ。そして、才能がなくとも人はしたたかにのし上がれる」

暗くてライトにはよく見えなかったが、小町は遠く冷たい目をしていた。まるで昔のことを思い出しているかのように。