ライトと小町が打ち解けてから最初の週末がやってきた。祖母は近頃腰が悪く、整体に行っているため留守だ。
そのため、昼食はライトが作ることにした。作るのは横手焼きそばだ。とはいっても、お店のような本格的なものではなく市販のソースで焼きそばを作って、目玉焼きを乗せただけだ。
「おっ、この間の麺と同じだな」
人目を気にする必要がないので小町は妖力で箸を浮かせると、器用に焼きそばを食べ始めた。
「美味いな」
いたずらっぽく小町が笑う。あどけない微笑みは猫又の姿をしていても、同年代の少女の面影を残していた。
ライトはシャッターチャンスを逃さず、一眼レフカメラで小町を写真に収めた。データを確認したが、残念ながら小町は映っていない。
「うーん、残念。せっかく今の小町が可愛かったのに」
「心霊写真でも撮るつもりか?」
小町は笑い飛ばしたが、馬鹿にしたような笑いではなく本当に面白いと言う様子で笑っている。
「確かに、お箸が浮いてるからこのままだとそうなっちゃうね」
「とはいえ、麺はかなり美味しそうにとれているじゃないか。私は好きだぞ、イタコの写真」
家にある特におしゃれでもない食器を使った割には、焼きそばは美味しそうに撮れていた。実際に、一眼レフカメラを買ってからライトの写真の腕前は上達して、インスタグラムの写真はそれなりにクオリティが高い。
「ほんと?」
先日感性を褒められた時よりも更にライトは喜んだ。褒められ慣れていないため、あまりの嬉しさに戸惑いすら覚えている。
「ああ。イタコがこの間インターネット作品を見せてきたが私は質が高いと思う」
「リアルで写真のこと褒められたの、初めてだ。嬉しいもんだね」
「それはそうだろう。とある文豪が、作品は我が子のようなものだと言っていた。私には生前子供はいなかったが、わかる気がするよ。その文豪は子供が何人かいたから、間違いないんだろうな」
「そうなの!だから、インスタのこととか馬鹿にされるとカッとなっちゃうの!」
ライトは自分にとってインスタグラムがいかに大切なものかを立て板に水を流すようにまくし立てる。小町とライトのおしゃべりは夕方までずっと続いた。
夕方になると、2人は散歩に出かけた。ライトは首から宝物のカメラを提げている。高台に行くと、綺麗な夕日が見えた。
「綺麗なものを100年ぶりくらいに見た気がするよ」
「え?小町って20年くらい前までこの世にいたんじゃないの?」
「死んでからはそんな余裕はなかったな。それにしても、綺麗な場所を知っているんだな」
「ここね、お父さんがお母さんにプロポーズした場所なんだ。夕日を見ながら。それが、あたしのホントの名前、夕子の由来。トワイライトもそこから取ってるんだよ。お父さんもお母さんも幼稚園の時に事故で死んじゃったけど」
「そうなのか。よく覚えているんだな」
「生きてる時のお父さんとお母さんのことはほとんど覚えてないの。でもね、あたしもイタコの血をひいてるから口寄せができるんだ。お父さんとお母さんの魂をよくここで呼び出してた。
私ね、降霊術の才能があるんだって。普通の口寄せって、自分の体に魂を憑依させるものなんだけど、私の場合、何もない空間に魂を浮遊させる形で呼び出せるんだ。お話は数珠がないと出来ないんだけど、会いたかっただけだからおばあちゃんに内緒でこっそり呼んでたの。しゃべれなくても、会えるだけでよかったんだ。
でもね、どうしてもお話したくなっちゃったから、数珠を持ちだしたらおばあちゃんに見つかっちゃったの。そしたら、無闇矢鱈にそういうことをするなっておばあちゃんに怒られた。自分のために魂を呼び出すなんて勝手なことをするなって。お客さんの依頼以外でそういうことをしちゃ駄目だって言われた。
おばあちゃんはそれで、もう呼び出されても来ないでくれってお父さんとお母さんに言って、それから会えなくなっちゃったの。お父さんとお母さんに会えないならイタコになんてなる意味がないから、修行なんて絶対にしないし後なんて継がない」
ライトが抱えているものが想像より遥かに重く、小町は唖然とした。
「これもだいぶ前のお話だから、もうお父さんお母さんの顔もあんまり覚えてなくて。私の中に残ってる繋がりって、2人がつけてくれた名前くらいなんだよね。だからさっ、小町もあたしのこと夕子かライトって呼んでよ。昔の小町よりは垢抜けないかもしれないけどさ」
急に明るい声でライトは言う。
「私よりいい女になったらな」
小町の目は、もうライトを見下してはいなかった。出逢った頃より優しい目をしていた。
猫又の毛並みが夕日にとても映えていた。小町の表情をどうしても残したかった。
小町が写真に写らないと知りながら、ライトはシャッターを切った。ライトが切り取った空間にはどこまでも美しい夕日しか映らなかったが、誰かがそこにいるような温かみと、聖者と死者の隔たりという悲哀があるようなそんな一枚になった。
そのため、昼食はライトが作ることにした。作るのは横手焼きそばだ。とはいっても、お店のような本格的なものではなく市販のソースで焼きそばを作って、目玉焼きを乗せただけだ。
「おっ、この間の麺と同じだな」
人目を気にする必要がないので小町は妖力で箸を浮かせると、器用に焼きそばを食べ始めた。
「美味いな」
いたずらっぽく小町が笑う。あどけない微笑みは猫又の姿をしていても、同年代の少女の面影を残していた。
ライトはシャッターチャンスを逃さず、一眼レフカメラで小町を写真に収めた。データを確認したが、残念ながら小町は映っていない。
「うーん、残念。せっかく今の小町が可愛かったのに」
「心霊写真でも撮るつもりか?」
小町は笑い飛ばしたが、馬鹿にしたような笑いではなく本当に面白いと言う様子で笑っている。
「確かに、お箸が浮いてるからこのままだとそうなっちゃうね」
「とはいえ、麺はかなり美味しそうにとれているじゃないか。私は好きだぞ、イタコの写真」
家にある特におしゃれでもない食器を使った割には、焼きそばは美味しそうに撮れていた。実際に、一眼レフカメラを買ってからライトの写真の腕前は上達して、インスタグラムの写真はそれなりにクオリティが高い。
「ほんと?」
先日感性を褒められた時よりも更にライトは喜んだ。褒められ慣れていないため、あまりの嬉しさに戸惑いすら覚えている。
「ああ。イタコがこの間インターネット作品を見せてきたが私は質が高いと思う」
「リアルで写真のこと褒められたの、初めてだ。嬉しいもんだね」
「それはそうだろう。とある文豪が、作品は我が子のようなものだと言っていた。私には生前子供はいなかったが、わかる気がするよ。その文豪は子供が何人かいたから、間違いないんだろうな」
「そうなの!だから、インスタのこととか馬鹿にされるとカッとなっちゃうの!」
ライトは自分にとってインスタグラムがいかに大切なものかを立て板に水を流すようにまくし立てる。小町とライトのおしゃべりは夕方までずっと続いた。
夕方になると、2人は散歩に出かけた。ライトは首から宝物のカメラを提げている。高台に行くと、綺麗な夕日が見えた。
「綺麗なものを100年ぶりくらいに見た気がするよ」
「え?小町って20年くらい前までこの世にいたんじゃないの?」
「死んでからはそんな余裕はなかったな。それにしても、綺麗な場所を知っているんだな」
「ここね、お父さんがお母さんにプロポーズした場所なんだ。夕日を見ながら。それが、あたしのホントの名前、夕子の由来。トワイライトもそこから取ってるんだよ。お父さんもお母さんも幼稚園の時に事故で死んじゃったけど」
「そうなのか。よく覚えているんだな」
「生きてる時のお父さんとお母さんのことはほとんど覚えてないの。でもね、あたしもイタコの血をひいてるから口寄せができるんだ。お父さんとお母さんの魂をよくここで呼び出してた。
私ね、降霊術の才能があるんだって。普通の口寄せって、自分の体に魂を憑依させるものなんだけど、私の場合、何もない空間に魂を浮遊させる形で呼び出せるんだ。お話は数珠がないと出来ないんだけど、会いたかっただけだからおばあちゃんに内緒でこっそり呼んでたの。しゃべれなくても、会えるだけでよかったんだ。
でもね、どうしてもお話したくなっちゃったから、数珠を持ちだしたらおばあちゃんに見つかっちゃったの。そしたら、無闇矢鱈にそういうことをするなっておばあちゃんに怒られた。自分のために魂を呼び出すなんて勝手なことをするなって。お客さんの依頼以外でそういうことをしちゃ駄目だって言われた。
おばあちゃんはそれで、もう呼び出されても来ないでくれってお父さんとお母さんに言って、それから会えなくなっちゃったの。お父さんとお母さんに会えないならイタコになんてなる意味がないから、修行なんて絶対にしないし後なんて継がない」
ライトが抱えているものが想像より遥かに重く、小町は唖然とした。
「これもだいぶ前のお話だから、もうお父さんお母さんの顔もあんまり覚えてなくて。私の中に残ってる繋がりって、2人がつけてくれた名前くらいなんだよね。だからさっ、小町もあたしのこと夕子かライトって呼んでよ。昔の小町よりは垢抜けないかもしれないけどさ」
急に明るい声でライトは言う。
「私よりいい女になったらな」
小町の目は、もうライトを見下してはいなかった。出逢った頃より優しい目をしていた。
猫又の毛並みが夕日にとても映えていた。小町の表情をどうしても残したかった。
小町が写真に写らないと知りながら、ライトはシャッターを切った。ライトが切り取った空間にはどこまでも美しい夕日しか映らなかったが、誰かがそこにいるような温かみと、聖者と死者の隔たりという悲哀があるようなそんな一枚になった。



