どうして自分の体は弱いんだろう。どうして結核に罹ってしまったんだろう。どうして自分自身で沢野に『髪結いと押し花』を手渡せなかったんだろう。どうしてあの夜、静月を愛していると言えなかったんだろう。
どうして小町を傷つける選択をしてしまったんだろう。どうして小町が不治の病になったとき心中する道を選べなかったんだろう。どうして見合いを断らなかったんだろう。どうして『髪結いと押し花』を誰にも渡したくないなんて思ってしまったんだろう。どうしてあの夜、小町自身を愛していると伝えなかったんだろう。
数えきれないほどの後悔が静月と小町を襲った。どんなに後悔したところで二度と時は戻らない。
もはや小町に殺意は残っていなかった。壊れた人形のように、どうして、どうしてと呟いていた。
「静月さん。お願いです。小町のために、最後の夜をやり直してあげてくれませんか?小町が前に進むために」
静月はお札をはがした。小町を抱き上げて、神田明神へと向かう。100年以上前と同じだ。
神田明神にたどり着くと、静月は言った。
「小町、愛している。君のその瞳も、君のその声も心も、紡ぐ物語も、すべてを愛している」
「静月……あなたは私の全てだった。静月の作品が駄作ばかりだなんて嘘だ。世間が認めなくても、私は好きだった。静月の物語だけでなく、たとえ許されないとしても静月自身が好きだった。もう一度あなたを愛したい。でも、私は人を騙して脅して傷つけた。もう遅い」
「全部僕の罪だ。僕は君を傷つけて、日本国民を欺き、子孫にまで迷惑をかけた。僕一人で君の罪を背負う」
静月は小町を抱きしめた。
「遅すぎるんだ。もう私は人ではないものになってしまったじゃないか」
「それでも好きだ」
不器用なまますれ違い続けた二人は夕日の下でようやく結ばれた。
「イタコのお嬢さん、我々のために尽力してくださってありがとうございました」
愛を確かめ合った後、静月はライトに向き直る。
「いえいえっ、そんなっ!」
「私はこの世とあの世の狭間で贖罪を続けます。小町にまた会えるように」
「静月、でもきっと私は地獄行きだ」
「あのっ、確かに小町も静月さんも悪いことはしたかもしれないけど、誰かを殺したわけじゃないし、取り返しのつかないことをしたわけじゃない。ちゃんと禊をすませば二人とも天国で会えるよ」
ライトは慌ててフォローする。祖母とは喧嘩中だが、祖母は凄腕のイタコであるので、彼女が嘘を言うわけがないとライトも信じている。
「そうか……では、いつかまた」
静月はそういうと光の粒になって消えていった。
「小町……追いかけなくていいの?」
「私はこの世で禊を済ませるさ。イタコを放っておけないからな。それに、私と静月では罪の種類も重みも違うから同時に天国に行けるわけでもないだろう」
小町は達観した様子であるが、やはりライトは友達として心配に思う。
「あのさ、小町、ここって厄除け神社としても有名だけど、縁結びの神社としても有名らしいよ」
「ああ、知っているよ。何せこの辺りの生まれだからね」
「だから、ここで結ばれた静月さんとは絶対また会えるよ」
ライトは小町を励ました。小町の目が輝きを増した。
その時、お堂の裏に隠れていた結花がそろりそろりとやってきた。
「盗み聞きするつもりはなかったんですが……」
「いや。構わない。こちらこそ脅かしてすまなかったな。怪我をさせてしまわなかっただろうか」
「いえ、無事です。こちらこそ、高祖父がご迷惑をおかけしました」
小町と結花は互いに頭を下げた。そして、小町が諭し始める。
「高遠結花、お前さんは死にたがっていたね。私はね、静月が私以外の人と結婚したことを恨んでいるわけではないんだよ。だからお前さんが自分の存在を否定する必要はない」
先ほどとは打って変わって晴れやかな顔をした小町に結花は戸惑う。しかし、彼女の説諭に真剣に耳を傾けた。
「生きていれば誰かをたたり殺したくなるくらい辛くなることもあるだろうさ。けれども、自分で自分を殺す道は選ぶな。お前さんは十分に魅力的だよ。何といったって、このイタコが熱烈に憧れているんだから。この見習いイタコは見た目こそ冴えないが、審美眼は特級品だ」
「ええ、私はライトちゃんに救われました」
「そうか。なら前を向いて生きろ。私と同じ夕子の名にも『髪結いと押し花』の名にも恥じぬようにな」
「はいっ!」
この日、静月は後悔から、結花は悩みから、小町は恨みから解放された。
どうして小町を傷つける選択をしてしまったんだろう。どうして小町が不治の病になったとき心中する道を選べなかったんだろう。どうして見合いを断らなかったんだろう。どうして『髪結いと押し花』を誰にも渡したくないなんて思ってしまったんだろう。どうしてあの夜、小町自身を愛していると伝えなかったんだろう。
数えきれないほどの後悔が静月と小町を襲った。どんなに後悔したところで二度と時は戻らない。
もはや小町に殺意は残っていなかった。壊れた人形のように、どうして、どうしてと呟いていた。
「静月さん。お願いです。小町のために、最後の夜をやり直してあげてくれませんか?小町が前に進むために」
静月はお札をはがした。小町を抱き上げて、神田明神へと向かう。100年以上前と同じだ。
神田明神にたどり着くと、静月は言った。
「小町、愛している。君のその瞳も、君のその声も心も、紡ぐ物語も、すべてを愛している」
「静月……あなたは私の全てだった。静月の作品が駄作ばかりだなんて嘘だ。世間が認めなくても、私は好きだった。静月の物語だけでなく、たとえ許されないとしても静月自身が好きだった。もう一度あなたを愛したい。でも、私は人を騙して脅して傷つけた。もう遅い」
「全部僕の罪だ。僕は君を傷つけて、日本国民を欺き、子孫にまで迷惑をかけた。僕一人で君の罪を背負う」
静月は小町を抱きしめた。
「遅すぎるんだ。もう私は人ではないものになってしまったじゃないか」
「それでも好きだ」
不器用なまますれ違い続けた二人は夕日の下でようやく結ばれた。
「イタコのお嬢さん、我々のために尽力してくださってありがとうございました」
愛を確かめ合った後、静月はライトに向き直る。
「いえいえっ、そんなっ!」
「私はこの世とあの世の狭間で贖罪を続けます。小町にまた会えるように」
「静月、でもきっと私は地獄行きだ」
「あのっ、確かに小町も静月さんも悪いことはしたかもしれないけど、誰かを殺したわけじゃないし、取り返しのつかないことをしたわけじゃない。ちゃんと禊をすませば二人とも天国で会えるよ」
ライトは慌ててフォローする。祖母とは喧嘩中だが、祖母は凄腕のイタコであるので、彼女が嘘を言うわけがないとライトも信じている。
「そうか……では、いつかまた」
静月はそういうと光の粒になって消えていった。
「小町……追いかけなくていいの?」
「私はこの世で禊を済ませるさ。イタコを放っておけないからな。それに、私と静月では罪の種類も重みも違うから同時に天国に行けるわけでもないだろう」
小町は達観した様子であるが、やはりライトは友達として心配に思う。
「あのさ、小町、ここって厄除け神社としても有名だけど、縁結びの神社としても有名らしいよ」
「ああ、知っているよ。何せこの辺りの生まれだからね」
「だから、ここで結ばれた静月さんとは絶対また会えるよ」
ライトは小町を励ました。小町の目が輝きを増した。
その時、お堂の裏に隠れていた結花がそろりそろりとやってきた。
「盗み聞きするつもりはなかったんですが……」
「いや。構わない。こちらこそ脅かしてすまなかったな。怪我をさせてしまわなかっただろうか」
「いえ、無事です。こちらこそ、高祖父がご迷惑をおかけしました」
小町と結花は互いに頭を下げた。そして、小町が諭し始める。
「高遠結花、お前さんは死にたがっていたね。私はね、静月が私以外の人と結婚したことを恨んでいるわけではないんだよ。だからお前さんが自分の存在を否定する必要はない」
先ほどとは打って変わって晴れやかな顔をした小町に結花は戸惑う。しかし、彼女の説諭に真剣に耳を傾けた。
「生きていれば誰かをたたり殺したくなるくらい辛くなることもあるだろうさ。けれども、自分で自分を殺す道は選ぶな。お前さんは十分に魅力的だよ。何といったって、このイタコが熱烈に憧れているんだから。この見習いイタコは見た目こそ冴えないが、審美眼は特級品だ」
「ええ、私はライトちゃんに救われました」
「そうか。なら前を向いて生きろ。私と同じ夕子の名にも『髪結いと押し花』の名にも恥じぬようにな」
「はいっ!」
この日、静月は後悔から、結花は悩みから、小町は恨みから解放された。



