「小町、すまなかった」
ライトの手で降霊され、生前の姿のまま結花と小町の目に映る静月は小町にすべてを語ったあと、謝罪した。
「何を口から出まかせを……!この大嘘つきめ!あげく私からの労咳をもらって死亡だと?そのせいでお前を殺し損ねた!」
小町は死んでから幽霊になったが、幽霊の力では静月を殺せなかった。そこで、小町は静月を殺す力を得るため妖怪へと姿を変える。
俗に猫を殺せば7代祟られると言われるほど、猫は死後、因縁の相手に対する報復が凄まじい。小町が姿を変える先として、猫又を選ぶのは必然だった。しかし、小町が幽霊から猫又になるまでのわずかなタイムラグの間に静月は死んでしまった。
「お前を苦しめて苦しめて絶望の中で殺せればそれでよかったんだ!でも、お前が勝手に死ぬのなら私はお前の大切なものを奪う!私はそのためには妖怪にだって鬼にだってなる!」
「違うよ!小町は本当は優しい!本当は人なんて殺したくないんでしょう?」
会話にライトが割って入った。
「おばあちゃんから聞いたよ。赤ちゃんや子供に直接は手を下さなかったよね?血を絶やせればそれでよかったんだよね?だから、子供を作ろうとしたときにだけ脅かしたり怖がらせたりしたんだよね?結花ちゃんのことだって、「結花」って名前じゃなかったら、『髪結いと押し花』にかかわっていなければ16歳で殺すつもりなんてなかったよね?」
「うるさいうるさい!お前に何が分かる!」
小町がお札に押さえつけられながらも暴れだす。
「ずっと後悔していた。小町を傷つけること以外に、もう一度会うすべを見つけられなかったこと。体の弱い小町を連れて駆け落ちできないと諦めたこと。そもそも愛していると伝えれられなかったこと。だが、こうして今日また逢えた。これ以上何も望まない。煮るなり焼くなり小町の好きにしてくれ。小町が僕の魂ごと消し去ってくれるならば本望だ」
静月はただただ不器用だった。親に逆らう生き方ができなかった。好きな人に気持ちを伝えられなかった。
「結花、いや、夕子。君は逃げなさい。神田明神が近くにある。あそこは厄除け神社だ。そこまで逃げれば神様の加護の下では君に危害が及ぶことはない。君を巻き込んで悪かったね」
結花を安全な場所へ避難させた後、静月はライトに語り掛ける。
「イタコさん、僕を小町にもう一度引き合わせてくれてありがとう。小町が苦しんでいるから、お札をはがしてやってくれるかい?」
「駄目です。小町はまだ誰も殺していないんです。小町はまだ引き返せるんです!」
ライトは泣き叫ぶ。友達を人殺しにさせるわけにはいかない。
「あたしね、小町と遊んでた時楽しかったんだよ。口は悪いし、ちょっかいかけてくるけど、あたしの好きなものもあたし自身もちゃんと肯定してくれて、味方になってくれて嬉しかったんだよ!それが全部あたしを利用するためだったとしても、それでもいい。小町はあたしの友達だ!あたしは小町が好き!だから、友達が復讐にとらわれてたら悲しいよ……」
たとえエゴだと言われようとも、ライトは小町を説得する。
「偽善者が……!イタコは利用されても構わないかもしれないが、私は私を利用した静月を許さない!体が動く日は全部静月とともに過ごした。動かない日は静月が枕元で語る物語と静月の押し花が支えだった!でも、全部嘘だったんだろう!私の小説を利用して文壇でのし上がるために!利用するだけ利用して捨てたんだろう!愛していたのは私から感じる金の匂いだけだったんだろう!」
小町の感情が暴走する。お札の効力はまだ1日あるはずだが、心もとなくなっている。
「イタコ、私を静月と同類にするな。お前は信じないかもしれないが、本当にお前の力になろうと思ったのは封印を解いてくれた恩義と、私が持ちえなかった健康な体を持つお前に私の代わりに幸せになってほしいと思ったからだ。私の小説を好きだと言ってくれた感性を肯定した気持ちに嘘偽りはない。大丈夫だ。この金に目がくらんだ盗人の魂さえ始末すれば、元通りだ」
「違うよ、静月さん言ってたじゃない! お金が目的じゃなくて、静月さんは小町にもう一度会いたかっただけなんだよ。」
「いまさら何を言っても言い訳にしかならないが小説関係で得た金銭は、僕自身は一銭たりとも使っていないよ。名声などいらなかった。君に会いに行った最後の夜以来、妻子とすら会っていない」
結花は裕福な暮らしをしていた。静月は小説で得た富を一銭たりとも自分のためには使わず、すべて遺したまま逝った。
「イタコさん、僕からのお願いだ。すべて僕がまいた種だ。小町が僕を葬ったあとも、どうか小町をよろしく頼む。小町は何も悪くないんだ」
「待って静月さん!静月さんにだって心残りがあるんじゃないですか?だって小町はまだ『黒い夕顔』を読んでいないんです!」
『黒い夕顔』の名を聞いた瞬間、静月は驚いた。
「どうして君がその作品を?私はそれを書き上げてすぐ死んだ。出版社には送っていない」
「ご遺族の方がご発表されたんだと思います。静月さん、あなたは小町があなたを呪い殺しに来た時に読んでもらうためだけに書いたんじゃないですか?静月さんが自分の作品を読んでほしかったのは小町ただ一人だったんじゃないですか?」
ライトは教科書の『黒い夕顔』の単元を取り出して、小町に見せる。愛した女性・夕子の霊に呪い殺される男の物語。ページをめくるたび、男の後悔と情愛があふれていた。最期、男はこれ以上ないというくらいの拷問を受けたうえで安らかな顔で死ぬ。静月から小町への熱烈なラブレターに他ならなかった。
「静月さんの話、ちゃんと聞いてあげないと、小町がまた後悔することになるよ。小町のこと嫌いだったら、小町と同じ名前の女の子をヒロインにしたりしないよ。夕子に呪い殺してほしいなんて小説書かないよ!」
最後のページをめくり終わった後、ライトはカメラの中にある、以前撮った夕日の写真を見せた。
「ねえ、小町……元の小町に戻ってよ。見て、小町。覚えてる? 一緒にお父さんとお母さんの思い出の場所に行った時の写真。小町は、幸せになりたかっただけだったんだよね? あたしは、この時の小町が本当の小町だと思ってる。あたしね、なんで静月さんが小町を好きになったか分かる気がするんだ」
「小町、来世などいらない。地獄に突き落として永遠に苦しませるでも、この場で消滅させるでも僕を好きにしてくれ。君のすべてを愛している」
静月は100年以上言えなかった言葉をようやく伝えた。
「本当にバカだ!私は静月が穏やかに生きられるのならそれでいいと思っていたのに!普通の丈夫な女と結婚して、老人になるまで生きて……私は同じ時を生きられなくても、あの世でまた会えるのならばそれでよかった!それに、わざわざ恨まれるようなことをしなくたって会いに行ったのに……!」
小町の頬を涙が伝った。
「静月を、愛していたから」
ライトの手で降霊され、生前の姿のまま結花と小町の目に映る静月は小町にすべてを語ったあと、謝罪した。
「何を口から出まかせを……!この大嘘つきめ!あげく私からの労咳をもらって死亡だと?そのせいでお前を殺し損ねた!」
小町は死んでから幽霊になったが、幽霊の力では静月を殺せなかった。そこで、小町は静月を殺す力を得るため妖怪へと姿を変える。
俗に猫を殺せば7代祟られると言われるほど、猫は死後、因縁の相手に対する報復が凄まじい。小町が姿を変える先として、猫又を選ぶのは必然だった。しかし、小町が幽霊から猫又になるまでのわずかなタイムラグの間に静月は死んでしまった。
「お前を苦しめて苦しめて絶望の中で殺せればそれでよかったんだ!でも、お前が勝手に死ぬのなら私はお前の大切なものを奪う!私はそのためには妖怪にだって鬼にだってなる!」
「違うよ!小町は本当は優しい!本当は人なんて殺したくないんでしょう?」
会話にライトが割って入った。
「おばあちゃんから聞いたよ。赤ちゃんや子供に直接は手を下さなかったよね?血を絶やせればそれでよかったんだよね?だから、子供を作ろうとしたときにだけ脅かしたり怖がらせたりしたんだよね?結花ちゃんのことだって、「結花」って名前じゃなかったら、『髪結いと押し花』にかかわっていなければ16歳で殺すつもりなんてなかったよね?」
「うるさいうるさい!お前に何が分かる!」
小町がお札に押さえつけられながらも暴れだす。
「ずっと後悔していた。小町を傷つけること以外に、もう一度会うすべを見つけられなかったこと。体の弱い小町を連れて駆け落ちできないと諦めたこと。そもそも愛していると伝えれられなかったこと。だが、こうして今日また逢えた。これ以上何も望まない。煮るなり焼くなり小町の好きにしてくれ。小町が僕の魂ごと消し去ってくれるならば本望だ」
静月はただただ不器用だった。親に逆らう生き方ができなかった。好きな人に気持ちを伝えられなかった。
「結花、いや、夕子。君は逃げなさい。神田明神が近くにある。あそこは厄除け神社だ。そこまで逃げれば神様の加護の下では君に危害が及ぶことはない。君を巻き込んで悪かったね」
結花を安全な場所へ避難させた後、静月はライトに語り掛ける。
「イタコさん、僕を小町にもう一度引き合わせてくれてありがとう。小町が苦しんでいるから、お札をはがしてやってくれるかい?」
「駄目です。小町はまだ誰も殺していないんです。小町はまだ引き返せるんです!」
ライトは泣き叫ぶ。友達を人殺しにさせるわけにはいかない。
「あたしね、小町と遊んでた時楽しかったんだよ。口は悪いし、ちょっかいかけてくるけど、あたしの好きなものもあたし自身もちゃんと肯定してくれて、味方になってくれて嬉しかったんだよ!それが全部あたしを利用するためだったとしても、それでもいい。小町はあたしの友達だ!あたしは小町が好き!だから、友達が復讐にとらわれてたら悲しいよ……」
たとえエゴだと言われようとも、ライトは小町を説得する。
「偽善者が……!イタコは利用されても構わないかもしれないが、私は私を利用した静月を許さない!体が動く日は全部静月とともに過ごした。動かない日は静月が枕元で語る物語と静月の押し花が支えだった!でも、全部嘘だったんだろう!私の小説を利用して文壇でのし上がるために!利用するだけ利用して捨てたんだろう!愛していたのは私から感じる金の匂いだけだったんだろう!」
小町の感情が暴走する。お札の効力はまだ1日あるはずだが、心もとなくなっている。
「イタコ、私を静月と同類にするな。お前は信じないかもしれないが、本当にお前の力になろうと思ったのは封印を解いてくれた恩義と、私が持ちえなかった健康な体を持つお前に私の代わりに幸せになってほしいと思ったからだ。私の小説を好きだと言ってくれた感性を肯定した気持ちに嘘偽りはない。大丈夫だ。この金に目がくらんだ盗人の魂さえ始末すれば、元通りだ」
「違うよ、静月さん言ってたじゃない! お金が目的じゃなくて、静月さんは小町にもう一度会いたかっただけなんだよ。」
「いまさら何を言っても言い訳にしかならないが小説関係で得た金銭は、僕自身は一銭たりとも使っていないよ。名声などいらなかった。君に会いに行った最後の夜以来、妻子とすら会っていない」
結花は裕福な暮らしをしていた。静月は小説で得た富を一銭たりとも自分のためには使わず、すべて遺したまま逝った。
「イタコさん、僕からのお願いだ。すべて僕がまいた種だ。小町が僕を葬ったあとも、どうか小町をよろしく頼む。小町は何も悪くないんだ」
「待って静月さん!静月さんにだって心残りがあるんじゃないですか?だって小町はまだ『黒い夕顔』を読んでいないんです!」
『黒い夕顔』の名を聞いた瞬間、静月は驚いた。
「どうして君がその作品を?私はそれを書き上げてすぐ死んだ。出版社には送っていない」
「ご遺族の方がご発表されたんだと思います。静月さん、あなたは小町があなたを呪い殺しに来た時に読んでもらうためだけに書いたんじゃないですか?静月さんが自分の作品を読んでほしかったのは小町ただ一人だったんじゃないですか?」
ライトは教科書の『黒い夕顔』の単元を取り出して、小町に見せる。愛した女性・夕子の霊に呪い殺される男の物語。ページをめくるたび、男の後悔と情愛があふれていた。最期、男はこれ以上ないというくらいの拷問を受けたうえで安らかな顔で死ぬ。静月から小町への熱烈なラブレターに他ならなかった。
「静月さんの話、ちゃんと聞いてあげないと、小町がまた後悔することになるよ。小町のこと嫌いだったら、小町と同じ名前の女の子をヒロインにしたりしないよ。夕子に呪い殺してほしいなんて小説書かないよ!」
最後のページをめくり終わった後、ライトはカメラの中にある、以前撮った夕日の写真を見せた。
「ねえ、小町……元の小町に戻ってよ。見て、小町。覚えてる? 一緒にお父さんとお母さんの思い出の場所に行った時の写真。小町は、幸せになりたかっただけだったんだよね? あたしは、この時の小町が本当の小町だと思ってる。あたしね、なんで静月さんが小町を好きになったか分かる気がするんだ」
「小町、来世などいらない。地獄に突き落として永遠に苦しませるでも、この場で消滅させるでも僕を好きにしてくれ。君のすべてを愛している」
静月は100年以上言えなかった言葉をようやく伝えた。
「本当にバカだ!私は静月が穏やかに生きられるのならそれでいいと思っていたのに!普通の丈夫な女と結婚して、老人になるまで生きて……私は同じ時を生きられなくても、あの世でまた会えるのならばそれでよかった!それに、わざわざ恨まれるようなことをしなくたって会いに行ったのに……!」
小町の頬を涙が伝った。
「静月を、愛していたから」



