美羽はあまり素性を明かさないので、どこを受験するとか、どこに住んでいるとか、どこの中学なのかも不明だった。
 正直知りたいという興味もなかった。でも、つながっていられる誰かがいることは確実に心強かったように思う。
 それくらい孤立していたということだろう。
 毎日たわいのないメッセージを送りあっていた。
 美羽のほうから踏み込んで来ることもなかった。
 美羽のことをこちらから詮索することもなかった。
 珍しくどこの高校を受験するのかを聞かれたので、桜高校だと答えた。
『勉強、はかどらないな』
『今更あがいても変わんないって。模試でA判定なら余裕じゃん』
『念には念を。遠い高校に行きたいんだよな』
『なんかその気持ちはわかるよ』
 どうでもいい言葉を吐き出し受け止めてくれる人がいるという存在がどんなに心強いか、覚自身が思い知っていた。
 ただでさえ不安がいっぱいの受験期。緊張と不安と若干の春への期待で胸がいっぱいだった。
 正直中学校はどうでもよかった。
 あそこに居場所を求めようとも思わなかった。
 気持ちを吐き出す受け皿となってくれるMiwaのアイコンは当たり前の存在となっていた。
 一日に何度も目にしていたから、生活の一部となっていた。

 覚はあえて自宅から遠い知り合いのいない高校を受験した。あえて女子が八割という高校を選んだ。というのも男友達とのつながりを絶ちたかったのと、女子が多ければ友達ができなくても浮いた存在にならないのではないかという期待もあった。友達を作りたくない前提で入学していた。でも、少しは二割の男子と仲良くなりたいと願う自分もいた。つまらない高校生活を進んで望んでいるわけではない。自宅からは自転車で駅に行き、電車とバスを乗り継いで通学する。名前は桜高校。元は公立で女子高だったけれど、自治体の方針で共学化されたらしい。伝統校であり、県内でも五本指に入る創立年数だ。最初こそ男子がたくさん入るのではという期待もあったのだが、実際は男子の希望者はそんなにおらず、結果的に二割程度は毎年なんとか男子が入学しているらしい。同じ中学からも女子で希望している人も毎年ほとんど聞いたことはなかった。通学の不便なことが一因らしい。

 合格発表の日、番号を確認する。
『桜高校に合格した』
 一番最初に報告したのは美羽だった。他に友達もいないし、親よりもずっと近い存在となっていた。
『おめでとう』
 雨のアイコンは見慣れていて、むしろ見ていると、落ち着くくらいになっていた。
『明日、点数開示に行こうと思う。みわはどこ受験したんだ?』
 あえてひらがなで入れる。美和とつながっている自分と美羽とつながっている自分のどちらも取りこぼしたくないということが一番の理由だった。
『秘密』
 やっぱりそう来たかと思う。あの格好ではどこの高校も受け入れてくれないような気がするが、自由な校風の高校もあるし、学力さえあれば入ることはできるのかもしれない。美羽は基本的に秘密主義だ。

 桜高校の校章は女子高らしい桜が満開なデザインで、校歌も女子高の名残をとても感じる。同窓会の名前も桜華会と書いてあり、華やかできれいな印象を受けた。これは、男子が入りづらいのもわかる。この高校には女子サッカー部があるにもかかわらず、男子サッカー部はないらしい。多分人数の関係で集まらないのだと思うのだが、フットサル同好会と書いてあった。圧倒的に部活も女子優先で男子が入っていいのかも一瞬躊躇する。
 高校に点数開示を見るために来た時、よく知っている髪の毛に反応した。後ろ姿だったけれれど、すぐに分かった。雨下美和だ。彼女は一人で来ており、体に後遺症はないようで、普通に歩いていた。この近くに引っ越したのだろうか。なんだかストーカーみたいだけれど、ずっと手を伸ばしても届かない人に届いた感じがして、声をかけた。もしかしたら、これを逃したら一生話すことはないかもしれない。それに、今日、あえて点数開示を見に来ている生徒がほとんどいないというのもチャンスだと思えた。
 覚が声を掛けたら逃げてしまうかもしれない。だから、すぐにまずは謝ることを優先に考えた。
「美和」
 漆黒の瞳が覚を見た。ずっと会いたかった人だった。
「あのときは、ごめん」
 それを言うと同時に美和は逃げてしまった。
 嫌われているからかもしれないけれど、懸命に走って追いかけた。
 ちゃんと想いを伝えたい。絶対に謝罪したいという気持ちが一番だった。
「待って!! ごめん!!」
 美和は足は遅い方なので、すぐ追いつくことができた。持久力と足の速さには覚は自信があった。
 息切れしている美和はこちらを見ると、立ち止まった。というかそれしか彼女に為す術はなかった。
 美和は覚に比べると、圧倒的に体力がなかった。
「ずっと謝りたかったんだ」
 自然と美和の肩をつかんでいた覚。失礼かと思ったが、また逃げてしまうのではないかという不安が襲ったのだった。
「私こそ、何も言わず転校してごめん」
「ずっとライン送ってたんだ。でも、ブロックされたから、メッセージは読んでないだろ?」
「親に中学の人全員と連絡を絶つように言われたの。しばらくはそのまま使っていたんだけれど、最近解約したんだ。アカウントは別に新しく取得してる」
「俺、本当はあの時、雨の中で一緒に帰ることができて嬉しかったんだ。好きだと言われて嬉しかったのに、素直になれなかった」
 意外な顔をする美和。
「私のことを忘れないでいてくれただけでうれしいよ」
 何も責めない。彼女の優しさは変わらない。ストレートの黒髪も変わらない。嫌われてなかった? それだけが救いだった。
 半年ほどずっと執着していた想い。   
 正直言って重いかもしれない。
 相手の反応がずっと怖かった。
「あれは、事故だったの。飛び降りようなんて思ってなかった。ただ、雨は嫌いじゃないから誰もいないベランダで佇んでいたの。でも、あそこの柵が壊れていて、体重を掛けたら二階から転落。馬鹿だよね」
「でも、クラスで居心地を悪くしたのは俺のせいだ」
「違うよ。覚はいじめられないようにあえて距離を取って私をかばってくれてたよね。優しい人だってわかってるよ」
「でも、俺は嘘だとしても、美和の悪口を言っている。許してもらえなくてもいいから、ずっと謝りたいと思っていた」
「そうだったんだね。覚も桜高校に入学するの?」
「うん。中学の奴が受けない遠い高校を選んだんだ」
「覚も色々あったのかもしれないね」
「俺、世界が終わってもいいかもって思いながら半年過ごした。美和もそんな世界でずっと生きていたんじゃないかって改めて気づいたんだ。本当の友達ってなんだろうな。美羽は事故の後遺症はないのか?」
「検査はひととおり受けたけど、後遺症は特にないよ」
「後遺症がないなら何よりだ。あのさ、新しい連絡先、教えてほしい」
「それは、辞めとく」
「なんで?」
「だって、親しくしちゃうと良くないと思うから」
「たしかに、届かないラインに何度もメッセージ送って気持ち悪いって思われたかもしれないよな」
「そんなことないよ。嬉しいよ。ただ、仲良くしていたら、私が世界からいなくなった時、辛くなるでしょ?」
「どーいう意味だよ?」
「そのままの意味だよ。それでも、私と一緒にいたいと思ってくれるのならば、交換してもいいけど」
「世界が終わってしまえばいいって思っていた時期は投げやりだったと思う。でも、美和と高校生活を通してつながれたら俺は幸せだ。今度償いで何か飯おごりたいって思う。それじゃ足りないと思うから、何か欲しいものがあったら言ってよ」
「私の方こそ今度償いしないとね。新しい出会いとかはなかったの?」
 一瞬河原で出会った派手な女子、もう一人の美羽を思い出す。
 ラインで頻繁に連絡したり、河原で話す仲となっている。
 でも、好きなのは、目の前にいる美和だ。
「出会いとかは別にないし、美和とSNSで繋がっていたい。ブロックされていたのはわかっているけどさ」
 覚はだいぶ素直になったことに自分でも驚く。
「高校に入って新しいアカウントにしたから、以前のひまわりのアカウントは消されてると思うよ。新しいアカウントで交換しようか」
 気づかなかった。派手な美羽とメッセージを交換していたから、本家の美和のアカウントが消滅したことに。
 うかつだったと思う。そして、そんなことも気づかなかった自分に驚く。
 それくらい本家のひまわりの画像の既読のつかない方には送信していなかったのか。
 そのかわり、雨のアイコンのほうにばかり送信していたのか。
「俺、ずっと謝りたかった。冷たくしたほうが美和のためだと思った。でも、違った。美和を追い込んでいったのは俺だ」
「私もずっと謝りたかった。私がいなくなったら覚が居場所がなくなるのはわかっていた。バッシングを受けることもわかっていた」
「美和が変わっていなくてよかった」
「どうかな」
 美和は長い黒髪を耳にかけて少し憂いを帯びた表情をする。
 連絡先交換をするためにQRコードを出す。
 美和がそれを読み込む。
 ピコンと音が鳴り、ネットという見えない世界で友達として繋がる。
 虹の写真のアイコンが出てきた。
「これ、本物の虹?」
「うん。雨上がりの虹をスマホで撮ったんだよ。偶然が重ならないとなかなか撮れないから貴重だよね」
「転校した後、どうしてた?」
「普通に学校に行って、普通に受験生してたよ」
 普通という言葉は安心する。
「これから、どうでもいいメッセージ送ってもいいかな?」
「いいよ」
 美和の笑顔は化粧も何もしていないからこそ、爽やかで可愛らしいと思えた。
 雨のアイコンのMiwaと無意識に比較している自分に嫌気がさす。

 自宅に帰る前に河原に寄る。
 美羽はいない。
 ここに来ればいつもいるような気がしていたから、少しがっかりしていたのが本音だった。
 会って話したいなんて、馬鹿だなと思う。
 合格したこと、そして、想い人に会えて連絡先を交換したことを直接伝えたかった。
 Miwaに感謝しているのは事実だった。
 存在が大きくなっているのも事実だった。
 多分その感情は友情だと思うのだが、親友と呼べる仲だと自負していた。
『美和に会えた。直接謝って連絡先を交換できた』
 河原にたたずんで春風を感じながら送信する。
『おめでとう。じゃあ、今後、メッセージのやりとりは本人とやったほうがいいんじゃない?』
 意外とクールな対応のメッセージが届く。
 確かにその通りだ。でも、美羽と連絡しないというのは慣れ親しんだ日常生活とは違うような気がする。
 もうすでに、日常の中にMiwaがいる。
 急に朝起きて顔を洗わないのと同じくらい連絡をしないことに違和感があった。
 雨のアイコンも何百回と見たと思う。
 本人にも何回か会った。
 時々、辛い時は電話もした。
 見た目こそ派手だけれど、話し相手になってくれたいい人だった。
 世界の終わりを感じた崖っぷちに立っていた覚にとって、最後の砦となってくれた存在だった。
 もし、彼女がいなかったら世界の終わりを迎えていたかもしれない。
 今、覚はここにいなかったかもしれない。
『明日、河原で会おう』
 メッセージを送る。
『もう会わない』
 怒っているのだろうか? 意外と冷たい返事だった。
 美和と再会しても美羽とは友達だ。
 ずっとつながっていたい。
 たとえそれがネット上だとしても。
 むしろ現実よりもSNSのほうが身近に感じられる気もしていた。
 思わぬメッセージが届く。
『このスマホ解約するんだ。だから、今後メッセージは届かないから』
 その言葉に胸が痛む。もう二度と会えないかもしれない。
 美羽のことはほとんど何も知らない。
 ブロックされたら、解約されたら――つながりはなくなってしまう。
 その現実を突きつけられて、覚はひどく傷つく。
『一度だけでも会いたい』
 既読がついたにもかかわらず、返信に時間がかかっていた。いつも即効返信主義の美羽にしては珍しい。
 少ししてから、待ちわびた音が鳴る。
『わかった』
 もしかしたら、もう、美羽に会えないのだろうか?
 ブロックされてしまうのだろうか?
 今後メッセージを送りあえる仲にはならないのだろうか?
 そんな些細な出来事が、世界の終わりのような気がしてしまう。
 思っていた以上に彼女とのやりとりは覚にとって生命線だった。
 思っていた以上に大切な人だったことに気づく。
 情けないと思うが、外見こそ好みではないはずの派手な美羽のことが大切で仕方がないことに気づく。
 せめて、お礼がしたい。気持ちを伝えたい。
 美和の代わりになってくれたいい人。
 いつも優しい言葉を返してくれた人。
 いつのまにかかけがえのない存在になっていた。
 Miwaに送信した愛の言葉は美和に送っているつもりだった。
 でも、いつの間にか美羽に送っていたのかもしれない。
 そんなことに今更気づく。
 いつも近くで支えてくれた人。
 世界の終わりだと思えた時に、傍にいてくれた人。
 会えないなんて嫌だ。失いたくない。
 想像以上に強い感情が芽生えていた。
 ずっと会いたかった美和に会えたにもかかわらず、人間というのは実に贅沢な生き物なのかもしれない。
『俺、美羽のことが大切だ。だから、関係を失いたくない。美羽が好きだから』
 初めてネット上で美羽に告白してしまった。半ば勢いだった。
 もし、ブロックされたり解約されたら一生想いを届ける手段は無くなる。
 今、つながっているうちに気持ちを伝えよう。
 あんなに美和のことを好きだと言っていたのに、調子のいい男だと思われただろうと覚は自覚していた。
『明日、いつもの河原で会おうか』
 美羽から返信があった。スマホを掲げて喜ぶ覚。はたから見たら滑稽な姿だ。
 でも、丁寧に断るために会おうとしている可能性も否定はできない。

 翌日、春のはじまりを感じる空気を吸いながら、かなり緊張して河原に向かう。
 しとしとと小雨が降っていた。雨は嫌な記憶が多いから少しばかり憂鬱になる。
 河川には橋がかかっており、その下は雨がしのげる。多分、そのあたりにいるだろう。
 金髪の派手な服を着た女子を探す。
 しかし、そこには、長いストレートの黒髪の美和が立っていた。
「なんで、ここに?」
 にこりとする美和。
「昨日会いたいってメッセージが来たから待ってたんだよ」
 もしかして、間違えて美和のほうに送信してしまったのかもしれないと焦る。
 スマホを確認するが、やはりMiwaのほうに送信している。
 二人は友達だったのだろうか? もしかして気を利かせて美和をここに連れてきたのだろうか?
 共通点も見つからないしタイプも違う。
「覚って案外鈍感だよね」
 美和の声がいつもよりもハスキーだ。
 というより声を変えると美羽と同じ声だ。
 持っていたバッグから金髪ウェーブのかつらを取り出す。
 かつらをかぶると、髪型は美羽だった。
 メイクはしていないので、顔立ちは違うように思う。
「メイクの力って凄いよね。まるで別人みたいになるんだから」
 一瞬理解が追い付かない。
「私が美しい羽と名乗ったMiwaだよ。漢字としては羽のほうが空を飛べそうで個人的に好きなんだけどね」
 つまりメイクをしていた美羽は美和ってことか?
「スマホを二台所有していたの。中学からのひまわりのアイコンのスマホは美和として使っていたけど、前の中学の人とはブロックするように言われていたから、覚からのメッセージは届かなかったんだ。嫌われていると思っていたから、ブロックしてた。まさか、覚が私に送ってくるとは思わなかったし。一時期はMiwaとして使っていた雨のアイコンのスマホも所有していた。高校に入るから新しいスマホを買ってもらってアカウントを新規取得したの。買い替えて解約したから、前の中学の時のスマホの方のひまわりのアカウントは消したよ。そして、美羽として活動を終了するためにMiwaのスマホは次期解約するつもりだったの。もう美羽として会う必要もなくなったわけだし」
「なんで、雨のアイコンなんだよ?」
「だってあの日突然雨が降ったから、覚と会話できたでしょ」
 その笑顔が素直でまっすぐで視線をどこにむければいいのかわからなくなる。
 覚が心惹かれた美羽は美和だった。つまり同一人物。
 見た目が違っても中身は同じ人間だった。
「でも、なんであんな格好で河原にいたんだよ?」
「私も新しい中学には転校してもほとんど行っていなかったの。誰にもばれないように変装して、さぼっていたんだよね。知り合いにばれたくなかったからメイクまでしてね。別人になりたかったのかもしれない。メイクは私を変えてくれるから」
 真剣な顔をして見つめる美和。
「覚が世界の終わりのような状況になっているなんて思わなかった。中学での居場所をなくしたのは、全部私のせい。でも、私は覚に嫌われていると思っていた。だから、別人になりすまして、美羽と名乗って少しでも力になりたかったの。声色も変えてね。ハスキーボイスだったでしょ?」
「実際、美和も世界の終わりに近い場所にいたんだろ?」
 美和はその言葉に否定はしなかった。
「この河原は世界の終わりに一番近い場所だったと思う」
 美和はうなずく。
「でも、これからはこの場所が世界の始まりだと思うようにするよ」
「どういう意味?」
「再会して高校に入学して新しい世界が始まる。この場所から俺たちは変われるかもしれない」
「変われないかもしれないよ」
 否定的な美和。
「そんなのわかんないよ。でも、どこかでみんなどうせ裏表があって本当に信じられないっていうのは身をもって感じてる。でも、高校生活への期待がゼロではないんだよな」
「私、自殺するつもりじゃなかったの。いじめに遭っているのは気づいていたけど、一人になれる場所に行ったら、事故にあっただけなのに。世間は自殺未遂の少女として色眼鏡で見るんだよね」
「俺は、自殺未遂に追い込んだ殺人犯だって全生徒に嫌われてしまった。あんなに慕ってくれていた奴らも手のひらをかえしたかのように散っていった。若干十五歳で、人間の本質を身をもって感じたのは辛かった」
「まさかフェンスが壊れているとは知らなかったの」
「あそこが壊れているっていうのは有名な話だろ。立ち入り禁止って書いてあったし。雨なら滑りやすいし危険だ」
「ベランダは屋根があるから、雨でも大丈夫だと思ったの。雨を感じたかったの。立ち入り禁止の場所なら誰も来ないかなって。一人になりたくてさ」
「相変わらず天然なんだな。でも、ケガひとつなかったのは奇跡的だったと思うよ。距離があって助けられなかったことは、申し訳なかったと思う」
「あの日、私と覚をつなげてくれた雨に触れていたかったのかもしれない。だから、雨が好きになったの。学校に行けない時、雨の日はずっと窓の外を眺めていたの」
「そんなに俺のこと好きだったんだ?」
「覚こそ、あんなに既読のつかないラインにメッセージ送るなんて、普通の女子なら嫌がる行動だと思うけれど」
 美羽のほうには正直に既読がつかないラインに鬼メッセージをしていることを白状していた。知らない人だから言えたのに、まさか本人だとは思わなかった。
「美和は嫌じゃなかったのか? 普通そんなにメッセージが来たら、重いとかキモイって思うよな。美羽のほう、つまり、結果的に本人に素直に話していたわけだけど」
「嬉しかったよ。あんなに素っ気なくされていたのに、実は私を好きだったなんて」
「最初は謝罪の気持ちのほうが大きかったんだけど、ぶつける場所はネットの世界しかなかったんだ。もう連絡する手段はなかった。俺たちのつながりなんてブロックされたらおしまいだからな。どうせ既読がつかないならば、好きだとか愛してるとか気持ちを言葉にして入力してた。既読つかないからって毎日たくさん送信するなんて、気持ち悪いよな」
 照れながらもちらりと美和を見る。
「ありがとう。重いなんて思ってないよ。嬉しいよ」
 かつらを取った美和はにこりとする。
「でも、昨日のメッセージの内容からすると、私よりも雨のアイコンのMiwaのほうが好きになっていたってことでしょ? ちょっとそれはムカつく」
「でも、結果的に美和だったんだ。同一人物だったわけだし……」
 どうにも歯切れの悪い言葉しか出てこない。
「受験期。俺が世界が終わると思えた時に、いつもそばで見守ってくれていたのが美羽だった。メッセージ上だけど、いつも身近で安心できた。世界とつながる手段が美羽だけだったんだよ」
「私も世界とつながる手段は覚とのラインだけだった。他の人とやりとりはしていなかったし。本当の友達もいなかったってことなんだと思う。事件があって、連絡してくる人もいなかったし、ブロックするように親には言われていたし」
「あの時、別人だと思ったから本音が言えたのかもしれない。知らない人だからこそ、言える本音」
「じゃあ、会ったのが黒髪の私じゃなくて正解だったね」
「あの時、会いたかったけれど、美和に会っても素直になれなかったかもしれない」
「じゃあ、今度派手なメイクをしてかつらをかぶって行くから、二人でどこか出かけようか。合格祝いってことで」
「そうだな。俺はどっちのMiwaでもいいけど。世界が終わってもいいって思っていたのに、時間が経つとそんなこと思えなくなっていたりするもんだな」
「時間が解決してくれることもあるんだね。雨のアイコンのほうは近々解約予定だから、虹のアイコンに送ってね。MとWって逆さにすると同じなんだよね。Miwaのアイコンを見て、ふと思ったの。どちらの文字も私の名前に入ってるんだなって」
「どちらから見ても、結局同じってことか。なんか解約すると聞くと寂しいよな。本人とつながってるから問題はないけどさ」
 雨のアイコンに自然と愛着がわいていた。
「今、見えている世界は永遠じゃないと思うの。大学や専門学校に進学するかもしれないし、就職するかもしれない。私たちを取り巻く世界も人もきっとずっと変化するんだと思う」
「今、もし、暗い世界にいたとしても、それが永遠じゃないってことなんだな」
 お互いに自然と手をつなぐ。
 ネット上でしかつながっていないわけじゃない。
 今、覚がいて美和がいる。
 今、心と心がつながった。
 手と手がつながった。
 虹を見ながら、二人は足元の水たまりをよけながら歩く。
 その様子は傍からみたら、とても楽しそうで、水たまりすら楽しんでいる様子だ。
 雨上がりの水たまりも含めて雨が好きになっていたのかもしれない。
「派手なメイクをしただけで私は世界が変わった。ほんのちょっとしたことで世界って変わるんだよ。まぁ、自分の気持ち次第なんだと思うけれど」
「気持ちの持ちようで世界は変わるのかもしれないな。女子が多い高校で男友達できないかもしれないけれど、少ない男子で団結できるかもしれないし、女子に案外モテるかもしれない」
「私としては、覚がモテるのは困るけれど。私たち、世界を終わらせなくてよかったよね」
「たしかに、あの時終わらせていたら、今はないからな」
 つないだ手を見つめる。
「こんなに人を好きになれると思わなかった」
「私もだよ」
「今日、虹が俺たちの想い出に追加された」
「虹のアイコンに愛の鬼メッセージ待ってるから」
 照れた顔をする覚。
「今更、照れる必要ないでしょ」
「まぁな。重い男だということはバレバレだしな」
 開き直る覚。
「ずっと小学生の頃から好きだった人と心がつながったんだから重いなんて思わないけどね」

 世界を終わらせることは簡単なことなのかもしれない。
 終わらせないことのほうが難しいのかもしれない。
 少し待てば世界が変わって見えるかもしれない。
 ネット社会では、常に何かとつながることができる。
 だから、一見自分が変わったように思えるかもしれないし、楽しむことも容易になっている。
 そんなことは、祖父母や父母の時代。ひと昔前にはありえないことだったのかもしれない。
 SNSがあなたを助けるかもしれないし、SNSによって傷をつけられるかもしれない。
 でも、現実世界で空を見上げると虹が見えるかもしれない。
 そんな期待を雨上がりに持つような気持ちで生きることがいつの時代も大事なんだと思う。
 二人のMiwa。ネット上では別人だと思えるくらい演じ分けることができていた。
 ネット上には二人よりも多いたくさんがのあなたがいるかもしれない。
 あなたがMiwaのように、自分を演じ分けたとしたら、案外新しい世界が見えるのかもしれない。