麹町の南山本邸から自動車で揺られることおよそ二時間。
休憩を挟みながら国分寺の別荘の近くまで来た。
周辺は本邸が建っている場所よりも手つかずの自然が多く残っている。
まもなくして自動車は、一つの鉄格子に囲まれた門の前で止まる。
ほどなくすると鉄の扉が開き、車はそのまま門をくぐり、続く木立の中を進む。
車窓から見える木々は、ちょうど今の季節に見頃を迎えていて、自身のまとう葉を緑、赤、黄色、濃淡様々に艶《あで》やかな色へと変え、千鶴達の目を楽しませてくれている。
色鮮やかな森ともいえるほどの木立を抜けると、大きな二本の銀杏を両脇に携えた雰囲気のある洋館が現れる。
まず目を引くのは秋晴れの太陽光に照らされ、眩いばかりに輝く青い双子の三角屋根。
せり出す屋根につけられた二つの窓は、鳩時計の鳩が飛び出てきそうなアーチ型。
外壁は全体的に白く、横一列に均一に並べられた木目がどこか温かみを感じさせる。
木目に沿うように等間隔に取り付けられた窓には、幾何学模様の洒落た窓枠がはめられ、屋根と同じ鮮やかな青色の雨どいも相まって可愛らしい。
黄金色に染まった双子の銀杏に囲まれた屋敷の全景は、御伽噺に出てくる魔法使いの家のようにも見える。
千鶴がその景色に見とれているうちに自動車は建物の正面で停車する。
いつのまにか車を降りていた桐秋は千鶴側のドアを開け、千鶴の手を引いてくれる。
屋根よりも深い濃紺色の玄関ドアを開けると、そこは小さな玄関ホールとなっていた。
赤いカーペットが全面に敷かれ、正面には二階へと続く階段。
その途中、踊り場にあるステンドグラスに千鶴は心奪われた。
中央に深紅の薔薇が儚くも凜と咲き、周りを色ガラスが放射状に囲む。
それはまるで花の輝きを表すようで、たった一輪の薔薇をどこまでも気高い神の花に仕立て上げる。
そんな荘厳なステンドグラスは、秋の天高い陽の光を浴びることで美しい色ガラスを投影し、玄関ホールに極彩色の神々しい光を届ける。
思わず跪きたくなるような神秘的な光景。千鶴は目を閉じ、祈るように手を組んだ。
しばらくして、千鶴がゆっくりと瞼を開けると、いつのまにかその空間には、にこやかに微笑む老夫婦が静かに佇んでいた。
ここの管理人をしているという夫妻は桐秋と千鶴を温かく迎え入れると、二人をそれぞれの部屋に案内してくれる。
桐秋は日当たりのよい二階南側の一番奥の部屋で、隣に千鶴の部屋が用意されていた。
千鶴は部屋に入った瞬間、身の丈に合わない部屋の上等さに驚き、すぐさま桐秋に部屋を変えてくれるように頼んだ。
されども桐秋には、自身の看病のため隣の部屋に居てほしいと請われてしまう。
そう言われれば千鶴は断れるはずもなく、結局その部屋を使わせてもらうことになった。
そんな千鶴の部屋の内装は気品に満ちあふれていながらも、どこか可愛らしさも兼ね備えた美妙なものだった。
壁紙は白に少し黄みがかった生成り色の地に、淡い薄桃色の小さな薔薇が咲いた上品な模様で、室内の家具の布地にも用いられており、部屋全体のモチーフになっていた。
他の調度も壁と同様の色、模様で統一されている。
窓の近くには天蓋のかかったベッド。
この部屋の他の家具とは違いこれは真白。
純白だ。
特別な趣向を凝らしているわけではないのに、薄膜の白の透明感のある覆いがそこはかとない神秘的な空間を生みだす。
この部屋でこれだけが異質な存在ではあるが、不思議な美しさが全体的に可憐な部屋をしっとりとまとめ上げている。
真に清白なものは、どんな部屋にも合うのだと感じる。
千鶴は幼い頃に憧れた西洋のお姫様が使っていたベッドみたいだと思う。
自身の乙女思考に笑いつつ、ドキドキしながら寝台に腰を下ろす。
そこは柔らかに千鶴の身体を受けとめてくれた。
こんな素敵なところで休めば良い夢を見られそうだ。
それにしても、どの部屋もこんなに立派なのだろうか。
他の部屋を覗いてはいないが、ここは部屋に特別なこだわりを感じる。
千鶴の頭にふとした疑問がわいた時、それを打ち消すように部屋のドアを上品に何度か叩く音がする。
千鶴はすぐに返事を返す。
すると失礼しますと言って、先刻部屋を案内してくれた管理人夫妻の妻が、畳紙を手に入ってくる。
千鶴は慌ててベッドを降り、妻の元へ近づいた。
妻は、中央に置かれているアンティークテーブルに畳紙をおき、前面の和紙をゆっくりと開けた。
現れたのは、一目で素晴らしい品だと分かる繊細な意匠の着物。
千鶴がその美しさに目を奪われていると、
「桐秋様が千鶴様にこちらをお召しになってほしいとおっしゃいまして」
妻はそう言ってにっこりと微笑む。
千鶴は妻から告げられた言葉に驚きながらも、桐秋からという言葉に嬉しくなる。
千鶴は身をかがめ、愛おしげに、そろりと衣裳の袖を撫でる。
そんな千鶴の姿に妻は優しく微笑み、
「さっそく着付けましょう」
と提案する。
妻からのありがたい申し出に千鶴は笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
休憩を挟みながら国分寺の別荘の近くまで来た。
周辺は本邸が建っている場所よりも手つかずの自然が多く残っている。
まもなくして自動車は、一つの鉄格子に囲まれた門の前で止まる。
ほどなくすると鉄の扉が開き、車はそのまま門をくぐり、続く木立の中を進む。
車窓から見える木々は、ちょうど今の季節に見頃を迎えていて、自身のまとう葉を緑、赤、黄色、濃淡様々に艶《あで》やかな色へと変え、千鶴達の目を楽しませてくれている。
色鮮やかな森ともいえるほどの木立を抜けると、大きな二本の銀杏を両脇に携えた雰囲気のある洋館が現れる。
まず目を引くのは秋晴れの太陽光に照らされ、眩いばかりに輝く青い双子の三角屋根。
せり出す屋根につけられた二つの窓は、鳩時計の鳩が飛び出てきそうなアーチ型。
外壁は全体的に白く、横一列に均一に並べられた木目がどこか温かみを感じさせる。
木目に沿うように等間隔に取り付けられた窓には、幾何学模様の洒落た窓枠がはめられ、屋根と同じ鮮やかな青色の雨どいも相まって可愛らしい。
黄金色に染まった双子の銀杏に囲まれた屋敷の全景は、御伽噺に出てくる魔法使いの家のようにも見える。
千鶴がその景色に見とれているうちに自動車は建物の正面で停車する。
いつのまにか車を降りていた桐秋は千鶴側のドアを開け、千鶴の手を引いてくれる。
屋根よりも深い濃紺色の玄関ドアを開けると、そこは小さな玄関ホールとなっていた。
赤いカーペットが全面に敷かれ、正面には二階へと続く階段。
その途中、踊り場にあるステンドグラスに千鶴は心奪われた。
中央に深紅の薔薇が儚くも凜と咲き、周りを色ガラスが放射状に囲む。
それはまるで花の輝きを表すようで、たった一輪の薔薇をどこまでも気高い神の花に仕立て上げる。
そんな荘厳なステンドグラスは、秋の天高い陽の光を浴びることで美しい色ガラスを投影し、玄関ホールに極彩色の神々しい光を届ける。
思わず跪きたくなるような神秘的な光景。千鶴は目を閉じ、祈るように手を組んだ。
しばらくして、千鶴がゆっくりと瞼を開けると、いつのまにかその空間には、にこやかに微笑む老夫婦が静かに佇んでいた。
ここの管理人をしているという夫妻は桐秋と千鶴を温かく迎え入れると、二人をそれぞれの部屋に案内してくれる。
桐秋は日当たりのよい二階南側の一番奥の部屋で、隣に千鶴の部屋が用意されていた。
千鶴は部屋に入った瞬間、身の丈に合わない部屋の上等さに驚き、すぐさま桐秋に部屋を変えてくれるように頼んだ。
されども桐秋には、自身の看病のため隣の部屋に居てほしいと請われてしまう。
そう言われれば千鶴は断れるはずもなく、結局その部屋を使わせてもらうことになった。
そんな千鶴の部屋の内装は気品に満ちあふれていながらも、どこか可愛らしさも兼ね備えた美妙なものだった。
壁紙は白に少し黄みがかった生成り色の地に、淡い薄桃色の小さな薔薇が咲いた上品な模様で、室内の家具の布地にも用いられており、部屋全体のモチーフになっていた。
他の調度も壁と同様の色、模様で統一されている。
窓の近くには天蓋のかかったベッド。
この部屋の他の家具とは違いこれは真白。
純白だ。
特別な趣向を凝らしているわけではないのに、薄膜の白の透明感のある覆いがそこはかとない神秘的な空間を生みだす。
この部屋でこれだけが異質な存在ではあるが、不思議な美しさが全体的に可憐な部屋をしっとりとまとめ上げている。
真に清白なものは、どんな部屋にも合うのだと感じる。
千鶴は幼い頃に憧れた西洋のお姫様が使っていたベッドみたいだと思う。
自身の乙女思考に笑いつつ、ドキドキしながら寝台に腰を下ろす。
そこは柔らかに千鶴の身体を受けとめてくれた。
こんな素敵なところで休めば良い夢を見られそうだ。
それにしても、どの部屋もこんなに立派なのだろうか。
他の部屋を覗いてはいないが、ここは部屋に特別なこだわりを感じる。
千鶴の頭にふとした疑問がわいた時、それを打ち消すように部屋のドアを上品に何度か叩く音がする。
千鶴はすぐに返事を返す。
すると失礼しますと言って、先刻部屋を案内してくれた管理人夫妻の妻が、畳紙を手に入ってくる。
千鶴は慌ててベッドを降り、妻の元へ近づいた。
妻は、中央に置かれているアンティークテーブルに畳紙をおき、前面の和紙をゆっくりと開けた。
現れたのは、一目で素晴らしい品だと分かる繊細な意匠の着物。
千鶴がその美しさに目を奪われていると、
「桐秋様が千鶴様にこちらをお召しになってほしいとおっしゃいまして」
妻はそう言ってにっこりと微笑む。
千鶴は妻から告げられた言葉に驚きながらも、桐秋からという言葉に嬉しくなる。
千鶴は身をかがめ、愛おしげに、そろりと衣裳の袖を撫でる。
そんな千鶴の姿に妻は優しく微笑み、
「さっそく着付けましょう」
と提案する。
妻からのありがたい申し出に千鶴は笑みを浮かべ、こくりと頷いた。