「うん。極力薄いのをお願い」
「お兄ちゃんの頼みなら、メルたんは何でもするよー! じゃあ、魔力をもらうねー!」
メルが魔力をもらうから抱っこして……と、両手を大きく広げてくる。
今までメルの力を使う時に抱っこなんてしていなかったと思うんだけど、してくれないと鉄板が出せないというので、従うことに。
「お兄ちゃん、行くよ! えーいっ!」
メルに頼んで、ものすごく薄い鉄で、かつ幅が一メートルしかない鉄板を出してもらったので、魔力の使い過ぎで気を失うこともなく、無事に一枚目を堀の内側へ設置できた。
「じゃあ、メル。次はお昼過ぎにお願い。朝昼晩と、時間を分ければ、俺の魔力も回復しているだろうし、いつか完成するはずだからね」
「うんっ! メルたんも、毎日お兄ちゃんに抱っこしてもらえて嬉し……こほん。毎日お兄ちゃんの役に立てて嬉しいし、この方法で進めて行こうね」
一瞬、メルから変な言葉が聞こえた気もするけど、これを毎日の日課として実施することにした。
◇◆◇
それから数日が経ち、メルの出してくれる鉄板で、ようやく堀の一辺を覆うことが出来たというところで、ノエルが突然声を上げる。
「リアちゃん! カイちゃんと一緒に木の上へっ!」
「えっ!? ノエル? 何かあったの!?」
「カイ君! 私もわからないけど、早く来てっ!」
リアも何が起こっているかはわからないみたいだけど、ノエルのただならぬ様子で、ひとまず俺を守ろうとしてくれているのだろう。
だけどタイミングが悪く、俺はメルと共に堀の外側にいたため、すぐにはリアの所へ行けない。
だけど、堀の外から生垣の中へと繋がる道には、ディーネと一緒に作った改良版の魔法陣があるので、そこさえ渡ってしまえば何とかなるはずだ!
そう考え、道を渡って生垣の内側へ入って一息吐いたところで、独特のイントネーションで話す、聞いたことのない女の子の声が聞こえて来た。
『あーっ! やっぱりおったー! いやー、大きな魔力を感じたから来てみたけど、すごいことになってるやん』
なんだろう。この関西弁っぽいイントネーションのせいってわけではないと思うんだけど、何となく、耳から入ってくる言葉と、その言葉の意味を理解するのに若干のタイムラグがあるような気がしてしまう。
例えるなら、日本で外国人から道を聞かれた時に、スマホの翻訳アプリを使うというか、リアたちと話している時のように、自然ではないように思える。
ひとまず声がした方に目を向けると、そこにはオレンジ色の髪から大きな耳を生やした、ノースリーブのシャツに膝くらいまでのスカートという、身軽な格好の少女が立っていた。
どこからここへ来たのかはわからないけど、格好だけ見ると、遠くから来たようには到底見えないんだけど、周りには地平線しか見えないはずなんだけどな。
『なぁなぁ、君! ウチはラヴィっていうねん』
『……はぁ』
『いや、はぁ……やなくて、ウチが名乗ってんから、自分も名乗りぃやー』
えぇ……突然十六歳くらいのちょっと気の強そうな少女が現れたかと思ったら、急に怒りだしたんだけど。
とりあえず、精霊では無さそうだし、頭から兎みたいな耳が生えているし……もしかして、この世界の住人なのっ!?
『俺はカイって言うんだ。ところで、一つ教えて欲しいんだけど……』
『ちょい待ち! 先にウチが話しかけてんから、ウチが先に質問や! この場所だけ、この辺りに生えてへん植物が沢山生えているし、ものすごく深くて大きい堀があるし、相当な腕の魔法使いがおるやろ。ウチに紹介してーや』
魔法使い……って、何だろう?
ここで植物を出しているのはリアだし、堀を作ったのはノエルだ。
でも、二人とも精霊だから、魔法使いではないよね?
どういうことだろう? と、助けを求めるようにノエルに目を向けると、ノエルが困った表情を向けてきた。
「カイちゃん。今は、どういう話になっているの?」
どういう話になっているの……って、今俺のすぐ隣でラヴィの話を聞いていたよね?
「ノエル。彼女……ラヴィが、凄腕の魔法使いを紹介してって言っているんだけど、魔法使いって誰のことなの?」
「あー、そういうことなのね。この女の子は、兎耳族っていう獣人なんだけど、精霊の力を借りることが出来る者のことを、魔法使いって呼んでいるみたいね」
「精霊の力を借りる……ってことは、つまり俺ってこと?」
「そういうことね。けど、カイちゃん。ママやディーネちゃんに、メルちゃんはカイちゃんの魔力で具現化しているから、その女の子に話しても良いけど、リアちゃんのことは絶対に話しちゃダメだからね? わかった?」
珍しく、ノエルがちょっとキツめに――と言っても、子供に注意する母親みたいな感じで、話し掛けてきた。
要はリアのことをラヴィに話すなってことだけど、すぐ隣にラヴィがいる状態で、リアのことを思いっきり話しているよね? これは良いの?
ノエルの言葉を不思議に思っていると、気付いた時にはラヴィが俺を凝視し、身体をプルプル震えさせていた。
これは、アレか。目の前にいるラヴィを無視して、ノエルと話していたことに怒っているのか。
うーん。結構、自己主張が強い女の子だし、どうしたものか。
そんなことを考えていると、突然ラヴィが俺の両腕を掴んできた。
『あ、アンタ! いや、カイ! い、今のって精霊語やんなっ!? そこに精霊がおるん!?』
『え? 精霊語? それはよくわからないけど、精霊はいるよ?』
『うわぁぁぁっ! すごっ! ウチより遥かに小さいのに、その年齢で精霊と話せるんっ!? いや、ホンマにすごいわ! きっと師匠の教え方がえぇんやろな! ほんで、カイの師匠は何処におるん?』
『あの、師匠って? 僕に師匠なんて人はいないよ?』
師匠というか、姉みたいな存在に、娘や妹、母親みたいな存在の精霊はいるけどさ。
『ほな、その精霊語はどうやって学んだん?』
ラヴィがジト目を向けて来るけど、そもそも俺は精霊語なんて……って、待てよ。
そう言えば、初めてリアに会った時に、俺の精霊語が完璧だって言っていたよな。
俺としては普通に日本語で話をしているだけで、ごく自然にリアたちと話が出来ている。
で、リアがひらがなは読めたけど、アルファベットは知らないって言っていたことから、精霊語が日本語だって結論付けたんだ。
ん? あれ、もしかして、これって……
『ラヴィは、ここに精霊がいるのが見えないの?』
『うん。見えへんで?』
『なるほど』
なにげない会話を振ってみたけど、僅かこれだけの言葉でも、ラヴィの言葉を理解するのに少し間が空き、変なラグみたいなものを感じる。
異世界転生時に自動翻訳は付けてもらえなかったと思っていたけど、リアたちとは日本語で会話が出来て翻訳されていなかっただけで、ラヴィとの会話では発動しているんだ!
あと、これはただの推測だけど、俺の魔力を使って具現化している精霊――ディーネ、メル、ノエルは他の人には見えないのだろう。
だけどリアは、誰かの魔力を使って具現化しているわけではないので、俺に見えているように、ラヴィにも見えてしまう。だから、ノエルは俺とリアに隠れるように言ったのか。
俺は間に合わなかったけどさ。
「ちょっと、カイ。それより、精霊語は誰から学んだん?」
「いや、自然と覚えたんだ。この地で暮らしていこうと思ったら、精霊の力を借りるしかなかったから」
「え? 親とか兄弟とかは?」
「最初からいないんだ」
うん。自動翻訳が掛けられているって認識したら、普通に会話できるようになった気がする。
もしかしたら女神様が、認識できるようにあえてラグを設けていたのかも。
とりあえず、ノエルの意図を汲み、リアの話をせずにラヴィの質問に答える。
一応、嘘は言っていないはずだ。
俺はこの世界では誰からも精霊語……というか日本語を習っていないし、こっちの世界の親は顔すら見たことないしね。
だけど俺の言葉を、ラヴィは変な風にとらえてしまったらしく、なぜかポロポロ涙を流し始めたかと思うと、ぎゅーっと抱きしめてくる。
「ラヴィ!? どうしたの!?」
「どうしたも、こうしたもあらへんやろ! そーかぁ。幼い頃にこんな場所へ捨てられてもーて、一人で生きて来たんか。寂しかったやんな? ウチのこと、お姉ちゃんやと思って、甘えてえーんやで?」
あー……思い返してみると、俺の発言は捨て子と受け止められても仕方がないか。
とはいえ、抱きしめながら頭を撫でてくるのはやめて欲しいかな。
「カイちゃん! どうなっているの!? とりあえず、カイちゃんは抱きしめられるなら、ママの方が良いわよねっ!?」
「お兄ちゃん、離れてっ! 何を言っているかはわからないけど、お兄ちゃんを奪おうとする、その獣人を排除するからっ!」
「いや、ノエルまで抱きしめようとしないでよ。あと、メルは怖いから。排除とかじゃなくて、普通にお引き取り願うから大丈夫だよ」
そもそもメルの言う、奪うっていう表現も違う気がするんだけど。
「カイ。何やったら、ウチの家に来―へんか? そんな大きな家やないけど、カイ一人くらいやったら養ったるで。ウチも一人暮らしやから、カイが来てくれたら寂しくなくなるし、どうや? まぁこれだけ精霊の力を使えるカイやったら、ウチが養わんでも、街に行けばいくらでも……」
ラヴィが俺から顔を離し、ジッと見つめながら一緒に住もうって言ってきたけど……今、街って言った!?
街があるの!?
ラヴィにいろいろ聞いてみたいと思ったところで、スッと蔓が垂れて来た。
「ダメっ! カイ君は私と一緒にいるんだからっ!」
リアが叫びながら、すごい勢いで蔓から降りてきたかと思うと、ラヴィから俺を奪うようにして、抱きしめてくる。
えーっと、リアはノエルに隠れろって言われていなかったっけ?
「ちょっ、リアちゃん!? どうして姿を見せたのよっ!」
「だ、だって、何を言っているかはわからないけど、その獣人の女の子が、カイ君を何処かへ連れて行ってしまいそうだったんだもん!」
ノエルの呆れた言葉に、リアが泣きそうな声で応える。
「あ……あぁ。こ、この感じは……まさか精霊なんかっ!? 初めて見たっ!」
ラヴィが声を震わせながらリアに目を向けているから、思った通りリアはラヴィにも見えているんだ。
精霊も何も知らない、この世界へ来た直後の俺にも見えていたから、当然と言えば当然なんだけど。
「すごい……けど、何でこの精霊だけ姿が見えるんや? 他にも精霊がいるんやろ?」
「この精霊、リアは俺が呼びだした精霊ではないんだよ。この木に宿っている精霊だからだと思う」
「おぉー! そういうことか! 長く存在する木や鉄に精霊が宿ることがあるっていう噂は聞いたことがあるけど、まさかこの木が……って、ちょっと待った! か、カイ!? 精霊を呼び出したって言った!?」
「え? ……い、言ったけど?」
しまった。この世界のことが全然わかっていなかったけど、精霊を呼び出せることって言っちゃダメだったのかも!
ノエルたちに確認してから答えるべきだったと反省するが、後の祭りでしかない。
「て、天才やっ! まさか千年に一人と言われる、精霊を召喚出来る魔法使いがいるなんて! カイ……いや、師匠! ウチを弟子にしてくださいっ!」
あれ? 余計なことを言ってしまった……と思ったら、突然ラヴィが深々と頭を下げてきた。
「これはもしかして、カイちゃんがビシッと獣人の子に言ってくれたのかな? リアちゃんに手を出すなって」
「わぁ! カイ君、そんなことを言ってくれたの!? 嬉しいっ! カイ君、大好きっ!」
「お兄ちゃん! メルたんは!? メルたんのことも話してくれたよね!? お兄ちゃーんっ!」
俺とラヴィの会話の内容がわかっていないノエルたちが色々言っているが、申し訳ないけど全然違う話なんだ。
「いきなり弟子って言われても……そもそも、俺が嘘を吐いているかもしれないよ? 精霊を呼び出したとか」
「いや、この堀を見ればわかるって。こんな何も無い土地やのに、綺麗に直線で、しかも広くて深い堀を作るなんて、土の精霊の力を借りな無理やもん。精霊石を使っている感じもせーへんし」
あー、それは確かに。
堀もそうだけど、メルが出してくれた薄い鉄板も新品そのものだし、そもそもこんな所に綺麗な形の鉄板が存在するのもおかしいか。
「師匠! まず何から始めたらえーかな? とりあえず、この辺りの雑草を抜いて、綺麗にしよか?」
「待って、待って! 師匠って呼ぶのは止めて! あと、ラヴィを弟子にするのは無理だよっ! 俺に教えられることなんて無いってば」
「師匠……があかんなら、カイ先生! そう言わずに、お願いや! ウチは、何としても優秀な魔法使いにならなあかんねん!」
いや、そんなことを言われても、ただただ困るんだけど。
仮に俺がラヴィに教えらえることがあるとすれば、日本語……というか、精霊語くらいだろうか。
魔法の使い方なんて本当にわからなくて、ただディーネたちにお願いしているだけだしさ。
そんなことを考えて言えると、急にラヴィが俺の手を握り、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
「カイ先生。ウチへ招く話は取りやめや! ウチがここに棲むわ!」
「えぇっ!? ま、待って! どうしてそうなるのっ!?」
「カイ先生がウチを弟子にしてくれへんのやったら、精霊魔法を極めるにはどうしたらよいか、先生から見て学ばせてもらうことにしてん! えーやろ? というか、勝手に居座るで」
「いや、そう言われても困るんだけど」
勝手に居座るって、完全な居直りだよねっ!?
「カイ君。どうして獣人の女の子から、手を握られているのかな? どういう話なのかを説明してくれる?」
「お兄ちゃん! メルたんも! メルたんも手を繋ぐのっ!」
「パパー。けっきょく、どうなったのー?」
リアとメルとディーネが詰め寄ってきたけど、どうしてこうなったのかは、俺が聞きたいくらいなんだ。
だけど、兎耳の少女ラヴィの決意は固く、一緒に生活することになってしまった。
「カイ君。ラヴィさんは、どうしてカイ君に抱きついているのかな?」
「カイ先生! リアは何て言ってるん?」
「お兄ちゃん! メルたんも抱っこー!」
ラヴィが、ここへ押しかけてきて、早数日。
リアたちはラヴィの言葉がわからず、ラヴィはリアたちの言葉がわからないため、意思疎通ができなくて、毎回俺が双方の通訳をする羽目になっていた。
……なんて言うか、精神的に疲れるね。
ただ、ラヴィは精霊語を覚えたいと言っていて、勉強には意欲的に取り組んでいるので、それは救いだろうか。
でも教科書などはなく、俺もラヴィと会話は出来るものの、文字は自動で翻訳されないみたいなので、口頭で教えるしかない。
そのため、なかなか成果が出ず、どうすればよいのかと、悩まされる日々だ。
そもそも、俺は人に何かを教えたりしたことなんてほとんど無いし……とりあえず、休憩にしようか。
「ラヴィ。そろそろお昼ご飯にしよう」
そう言って、俺の手元にある本を閉じる。
この本はラヴィの数少ない荷物のあった物で、元は日記用として使い始めたばかりだったらしい。
それを、鉛筆みたいなペンと共に、俺がラヴィの文字を教えてもらう為に使わせてもらっている。俺がラヴィの文字を扱えるようになったら、ラヴィへ精霊語を教える効率もよくなりそうだしね。
という訳で、ラヴィが来てからの数日で、ここの暮らしも大きく変わっている。
食器類はメルが来た時に作ってもらっていたけど、これをラヴィの分も用意してもらったのと、リアがそれらを片付ける棚や、勉強や食事に使うテーブルと椅子も作ってもらった。
まぁ作ったと言っても、リアに棚やテーブルのイメージが伝わらず、大雑把な材料を用意してもらって、俺とメルで完成させたんだけど。
あと服装は相変わらず異世界へ来た時のままだけど、家具がかなり増え、生活レベルがかなり向上した気がするね。
「お昼ご飯はえーんやけど、それより前から気になってたことがあって、カイ先生ってお肉は嫌いなん?」
「え? そんなことはないよ?」
「でも、その割にリアから出してもらった野菜しか食べてへんやん」
ラヴィが不思議そうに聞いてくるけど、俺だってお肉があるなら食べたいよ?
でも、この辺りで唯一食べられそうな動物といえば、あの魔物のワイルド・ウルフだけなんだよね。
魔物っていうのが、動物となにが違うかわかっていないからなんとも言えないけど、狼の肉を食べるっていうのはちょっと抵抗がある。他に食べ物がまったくなければともかく、リアが美味しい作物を出してくれるから、なおさら食べようとは思わない。
そんなことを考えていると、俺の顔をジッと見つめていたラヴィが、突然立ち上がる。
「よっしゃ! ほな、ウチが美味しい鳥料理を食べさせたげるわ! ちょっと待っててや!」
「えっ!? 鳥料理!? 確かに時々飛んでいるのは見かけるけど、ものすごく高い所を飛んでいるから、どうやって……って、ラヴィー!」
残念ながら、止めようとしたものの、ラヴィがそのまま何処かへ走り出してしまった。
「カイ君。ラヴィさんは突然何処へ行っちゃったの?」
「鶏料理を作るって言っていたけど……」
「うーんと、あの感じだと、作って来ちゃうよね?」
「たぶんね。どうやって鳥を捕らえたり、調理したりするかはわからないけど」
「んー……とりあえず、準備はしておこうかな」
そう言って、リアが見知らぬ植物を生やし始めた。
リアは一体、なんの準備をしているのだろうか。
「リア。それは?」
「これ? こっちは猫手草っていう草で、腹痛に効く薬草なの。あと、こっちは解毒効果がある毒消し草で……」
「ま、待って。準備って、そっち系の話なのっ!?」
やっぱりラヴィが俺に食べさせようとしているのは鳥の魔物とかで、食べると危険ってことなの!? だから、事前に薬草を準備しているってこと!?
悪いけど、そんな危険を冒してまで食べたくないからね!?
日本だと、何かあれば救急車を呼んで病院へ行くけど、ここにはそんなの無いわけだしさ。
というか、リアが薬草を用意しだして気付いたけど、ラヴィは生の鳥肉を食べさせるつもりなの!? それは確実に死ぬよ!? いや、死ぬまでいかなかったとしても、大変なことになるからね!?
鶏肉と豚肉は怖いんだって。
いやまぁ、生で食べられる鶏肉もあるけど、あれはものすごく厳重な衛生管理の下で……
「カイ先生、お待たせー! ウチの手料理やで! 嬉しいやろ? 遠慮せずに食べてやー!」
って、ラヴィが戻って来たーっ!
ひとまずリアからもらった毒消し草を、前にもらった薬草と一緒に腰の包みへ入れておく。
「ラヴィ。随分と早いけど……って、あれ!? これは、鳥の丸焼き!?」
「せやでー。この鳥笛を使って、飛んでる鳥を呼び寄せるやろ? で、降りて来た所を短剣で仕留めるねん」
「そこは魔法じゃないんだ」
「いや、近くにおるんやから、短剣で十分やん。ただの鳥やし」
うーん。そういうものなのか。
そんなことを考えながらも、クリスマスのシーンを描いた漫画に出て来るような、まんま七面鳥の丸焼きみたいな料理を前に、思わず涎が出そうになってしまう。
そんな俺に気付いたのか、ラヴィが短剣でお肉を切り分け、差し出してくれた。
メルが作ってくれたナイフとフォークで一口サイズにカットし、久々過ぎるお肉を口へ運ぶ。
「わぁ、美味しい!」
「せやろー! カイ先生、後で鳥笛の使い方を教えてあげるから、一緒に狩りに行こーやー!」
おぉー! なんだか一気にファンタジーっぽくなって来た。
「とりあえず、これを食べ終えてからね」
「おっけー! ほな、ウチもいただこーっと」
ラヴィと一緒に、しっかり中まで火が通った鳥肉を美味しくいただき……えっと、こんなことを言ったら怒られそうだけど、最初は久しぶりのお肉で感動していたものの、ぶっちゃけ味が無いね。
火を通しただけで、何の味付けもされていないササミをかじっている気がする。
「塩が欲しいかな……」
「カイちゃん。お塩が欲しいの? ママが出してあげよっか?」
「え? ノエルは塩が出せるの?」
「もちろん。ただ、ちょっとカイちゃんにお手伝いしてもらわないといけないけど」
「するする! 何でも手伝うよ! 是非、お願いっ!」
ポツリと呟いてしまったのを聞いたノエルが、塩を出してくれると言うので、思わず立ち上がって、その手を握る。
塩があると無いとで、食事の味が全然違うもんね。
ラヴィが来る前に食べていた、生野菜サラダも味が変わるだろうし、もっと早く言っておけば良かったな。
「カイ先生? 急に立ち上がってどないしたん?」
「ちょっとだけ待っていて。このお肉の味を少し変えようと思うんだ』
「味を変える? 何か香草でも出すん?」
確かに香草もありかも。よく、料理に使うよね。
だけど、まずは塩かな。
「むー……お兄ちゃんが、ノエルさんの手をずっと握ってるー!」
「ふふっ。カイちゃんはママにお塩を出して欲しいのよねー」
「ノエルさん。それなら早く出してよー!」
「はいはい。じゃあ、カイちゃん。リアちゃんから少し離れましょうか。魔力をもらうわよー」
木の精霊の力の影響を受けないようにするためか、ノエルが俺を連れてリアから離れ、堀の外側へ。
それから、俺の魔力を使い……一抱え程ある岩を生み出した。
「え? 岩?」
「そう。岩塩よ。これを削れば、お塩になるわよ」
「なるほど。そういうことなら頑張るよ」
メルに以前作ってもらったペティナイフを取り出すと、カリカリと少しずつ岩塩を削っていく。
何とか、拳大の岩塩を切り出すことが出来たので、今度はメルの番だ。
「メル。ちょっと作ってもらいたい物があるんだ」
この岩塩を使うために作ってもらいたい調理器具について説明する。
このナイフより少し大きいけど、ノエル曰く、それくらいならリアにも影響がないだろうという話に。
「じゃあ、お兄ちゃんのために、メルたん頑張るねー! えーいっ!」
メルが俺の要望を聞いて、岩塩を削るためのおろし金を作ってくれた。
早速、おろし金と岩塩を持ってラヴィの所へ戻ると、まずは自分の肉で試してみる。
「カイ先生ー。それはー?」
「塩だよ。ちょっと待っていてね」
ある程度削ったら、お肉に振りかけ……旨っ!
塩を振りかけただけなのに、味が引き立つというか、こんなに味が変わるのか。
「ラヴィも、食べてごらんよ」
ラヴィのお肉にも削った塩を振りかけてあげると、一口食べてラヴィが目を丸くする。
「わっ! な、何これっ!? めちゃくちゃ美味しいんやけどっ!」
「あっちに土の精霊が出してくれた、岩塩っていうのがあるんだけど、それを削ったものだよ」
「知らんかった……岩って、美味しいんや」
「いや、それは違うからね? 岩は食べられないよ!? 岩の中に、こういう調味料として使える種類があるだけだから、そこは間違えちゃダメだよ?」
そこからは、二人ですごい勢いで鳥肉を食べ……気付いた時には、かなりの量があったはずなのに、二人で完食していた。
とはいえ、内臓や骨なんかは食べていないけど。
食べられなかった部位の匂いで魔物が寄って来ないようにと、ノエルの勧めで土の中に埋めて、食事を終える。
ただ普段と比べてかなり沢山食べてしまい、お腹がいっぱいなので、草むらで寝転んでウトウトしていると……気付いた時には夕方だった。
しかも、いつの間にかラヴィが俺に抱きつくようにして眠っていて……さすがに寝相が悪すぎじゃないか!?
いや、ラヴィだけじゃないな。
他にも何かが抱きついて……いや、メルも何をしているんだよ。
俺にくっついて眠るラヴィとメルをどうしようかと考えていると、ふよふよと浮かぶディーネが近付いて来た。
「パパー、おはよーでち」
「ディーネ、おはよう。ごめんね、眠ってしまって」
「だいじょーぶでち。まものは、こなかったでち」
「見張りをしていてくれていたんだね。ありがとう」
「そうでち。というか、ねていたのはパパとラヴィだけでち。メルは、おきてるでち」
「えっ!?」
メルが起きているというディーネの言葉で、慌ててメルに目を向けると、薄目を開けているのか、ビクッと身体を震わせる。
「メル……何をしているの?」
「え、えーっと、お兄ちゃんがラヴィちゃんと一緒にご飯を食べて、メルたんと遊んでくれないから……ふ、不貞寝?」
メルは食事中に力を使ってもらったんだけどな……と、ディーネたちと話していたからか、ラヴィも目を覚ます。
「うわっ! もう夕方やん! しもたー! あまりにもカイ先生のご飯が美味し過ぎて食べ過ぎてもたー!」