「城之内さん」
朱里の歩幅に合わせていた足を緩めて、もう少し遅いテンポで足を動かす。
その変化を察して見上げる美少女と視線が絡み、足を止めた。
「俺、その」
「なぁに?」
もごもごと口を動かし、視線を左右に動かす。
情けないと思う。
もっと男らしく、怯むことなく照れることなくはっきりと口に出したかった。
一度空気を吸い、ばれないように吐き出す。
この緊張が伝わればいいと思うが、伝わってほしくないとも思う。
「あの、出会ったときから、その」
「うん」
どんどん語尾が小さくなっていく。同時に、視線も下がる。
振られたら、どうしよう。もうこの関係も終わるのかもしれない。一緒に下校したり、教室で喋ったり、そういうこともなくなるかもしれない。
そもそも、告白されることなんて望んでいないのでは。迷惑でしかないのかも。もし、嫌そうな顔をされたらどうしよう。冗談だよ、って笑ったらそれで終わるのか。
勝ち戦になりそうだ、と思った自分はもういなかった。
口の中が乾き、声を出そうとしてもきっと掠れた不格好の声しか出ないだろう。
「白井くん」
なかなか話を切り出さないため、不審に思ったのか小さな顔が覗きこんできた。
驚いて一歩下がる。
「白井くん、何か私に言いたいことがあるんじゃないかな?」
「う、うん」
「ふふふ、何の話かな?」
「そ、それが」
「私も同じ話があるんだけど」
「えっ」
「私の予想だと、きっと白井くんは私が言おうと思ってる言葉と、同じことを言いたいんだと思う」
同じ言葉。
本当だろうか。
目を細めて笑みを浮かべている顔を見ても、正しいのか分からない。
「私から言ってもいいんだよ」
「えっ」
「でも白井くんが嫌かなと思って」
告白は男からしたい。
それは小さなプライドだった。
そのプライドを投げ打って、身を任せた結果良い方向に転んだとして、その後少なからず羞恥心を持つようになってしまう。それは嫌だった。
「お、俺が言いたいです」
「では待ちます」
自分から言ってもいい、ということは玉砕の可能性は低い。と思いたい。
未だ笑っている朱里と視線を合わせ、一度咳払いをして口を開く。
「城之内さん」
「はい」
「俺、多分初めて会った時から、助けてもらったあの日から、今もずっと好きです。付き合ってください」
日本語がおかしくなかっただろうか。
伝えたい一心で言葉を出したが、単語や文法まで気を配っていなかった。
変な日本語になっていなかっただろうか。
今までで一番心臓が大きく動いている。
この瞬間のためだけに、今日一日を過ごしていた。
朱里からは返事がない。
高校の合格発表なんて比にならないくらい、朱里から出される可否が待ち遠しい。
まだか、まだか。
「白井くん」
きた。
何を言われるだろう。
シチュエーションが微妙だったか、住宅地は駄目だったか。それとも平凡すぎる事を言ってしまっただろうか。
怖くて直視できず、ちらちらと顔色を伺う。
「白井くん、私も好きだよ」
顔を両手で挟まれて、強引に視線を合わせられた。
間近で見る朱里はやはり綺麗で、産毛も見当たらない。
「えっ」
それより、今、返事は何と言ったか。
受け入れられたように聞こえた。
呆気にとられて、瞬きすら忘れる。
「あはは、断ると思った?」
「だ、だって」
「私、結構気のある素振りしてきたつもりだったんだけどな」
気付いてなかったのかぁ、と頬を掻くその仕草を見て、あぁ本当なんだなと実感する。
ここで名前を叫び、抱きしめる勇気などないため、両手で顔を覆うことしかできない。
「やっと恋人になれたよ」
「はあぁぁぁ、嬉しい。俺、まさかこんなことに…はぁ」
力が抜けてその場にしゃがみ込む。
朱里は当然の結果だとでも言わんばかりの笑顔を咲かせている。きっと恋人になる未来が見えていたのだろう。
頭を膝につけて、息を吐き出す。
確かに、今までのことを振り返っても、自分のこと好きなのかもと思う瞬間は何度かあった。だから勝ち戦だと思っていた。けれど、他人の腹の中なんて分からない。張りつめていた緊張の糸が一気にほどける。
「白井くん」
「な、何?」
「一つ、付き合って早々のお願いがあるんだけど」
しゃがみ込んでいる幸雄の目線に合わせ、朱里も膝を折る。
「苗字呼びじゃなくて、名前呼びがいいな」
そんな可愛いことを言われて断る野郎がいるだろうか。当然いない。
むしろ嬉しい限りだ。
「えっと、朱里…朱里ちゃん」
あかりちゃん。
そう口に出すと、既視感があった。
どこかで聞いたような、懐かしいような響きだった。
「ふふ、幸雄くん」
何かを懐かしむように、愛情溢れる声で名前を呼ばれた。
これを、知っている。既視感が離れてくれないが、思い出せないものは考えても仕方ない。
朱里の手を軽く引っ張り、二人で立ち上がる。
「帰ろうか、朱里ちゃん」
立ち上がるために掴んだ手は放すことなく、繋ぎ方を変えて二人並んで道を歩く。
代わり映えしない帰り道だったが、今日は違う景色に見えた。