「城之内さん、今日は何か用事があるの?」
「ううん、ないよ。どうして?」

放課後、帰ろうと席を立った朱里に声をかけた。
聡里は昼頃に親が迎えに来たようで、教室には一度も戻ってこなかった。

「いや、何もないなら一緒に帰らないかな、と思って」
「うん、一緒に帰ろう」

通りすがる生徒たちが羨ましそうに幸雄の方へ視線を向ける。
少しの優越感を味わいながら、楽しそうに話しかけてくれる朱里を盗み見る。

「そういえば白井くん、聡里ちゃんとは何を話したの?」
「え?」

校門を出た当たりで朱里が不意に尋ねた。
朱里には言えないような内容なので、「あー」「えー」と返答に詰まらせる。

「私の事、言ってたと思うんだけど」
「ど、どうして?朝は詮索しないでほしい、って言ってたのに」
「あれは、聡里ちゃんとのやり取りを詮索しないでっていう意味で言ったの。でももし、聡里ちゃんが私のせいで傷ついているなら、謝らないと…」

聡里に対し、申し訳なさそうに眉を下げる朱里。

「でも、城之内さんは聞かない方がいいかも…」
「大丈夫よ、私、意外と強いから!何を言われようがへこたれないわ」

うふふ、と笑う朱里は幸雄から見て確かに精神的に強そうだ。
芯をしっかり持っていそうなイメージがある。
「だめかな?」と上目遣いでお願いしてきた朱里に負けて、「実は」と朝のことを話した。

気を悪くするかも、と思いチラチラ顔色を伺いながら喋っていたが、どうやら本当に気にしない性格のようで、無言で終始聞いていた。

「そうだったの、聡里ちゃんはそんなことを….」
「聡里も多分、混乱しているだけだと思うけど」
「ふふ、聡里ちゃんのこと大事なのね」
「い、いや、そういうわけじゃないけど。まあ一応幼馴染だし」
「幼馴染じゃなかったら?」
「えっ?」
「聡里ちゃんが幼馴染じゃなかったら、どうしたの?」
「ど、どうって….」

まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。
聡里は幼馴染であり、情もある。
しかしどのくらい好きかと言われると、聡里の友人である木村よりは好き。という程度だった。
幸雄は元々、他人に対して淡泊だった。寄るもの拒まず去る者追わず、そのスタンスを貫いていた。聡里だって、向こうから寄ってきたので拒まず一緒にいる。
我ながら酷い奴だと思うが、こればかりは性格故どうしようもない。

「ふふ、ごめん。意地悪な質問しちゃったね」
「い、いや、いいよ」

ニヤっと可愛らしく笑う朱里を見てドキっとする。
どんな表情でも可愛いらしい。

だらしなく顔が緩んでいるのを隠そうと片手で顔を覆う。
すると朱里が「あっ」と声を上げた。
何かあるのかと朱里の視線を追うと、横断歩道の向こう側に石でできた階段があった。

「城之内さん、どうかした?」
「もしかしてあの階段、神社に繋がっているのかな?」
「あぁ、うん、そうだよ。あっちは確か、城之内さんの家とは逆方向だからね。行ってみる?」
「いいの?」
「俺は今日予定ないし、城之内さんが良いなら俺も行きたいな」
「じゃあ行こう!」

家とは逆方向の道を指さし、横断歩道の信号が青になると朱里は楽しそうに渡った。

「でもどうして神社に行きたいの?」
「こっちに来て、家やお店ばかりで少し田舎が懐かしくなったの」
「なるほど。学校の周りは結構うるさいからな」
「都会にも神社はあるのね」
「ここが都会っていうのが、変な感じだけど」
「都会じゃないの?」
「うーん、都会なのか?微妙だなぁ、田舎ではないと思うけど」
「なら都会よ。田舎じゃなかったら都会しかないよ!」

想像する都会は高層ビルがたくさん並んで、排気ガスで空気は汚い所だ。
ここの空気は汚くないし、かといってその辺りに田んぼがあるわけでもない。
どちらかといえば、都会寄りになるのか。

石の階段を上り、風が涼しく感じてくると建物が見えた。

「神社だ」

朱里はそう言うと、神社の端に腰を下ろした。

「神社は見なくていいの?」
「いいの。神社は涼む所なんだから」

苦笑して朱里の隣に座った。とても静かな時間だ。

そしてふと、なんだか以前にもこんなことがあったなと思った。
いつだったか、昔、田舎の祖母の家に遊びにいったとき、女の子とこうやって話した記憶がある。もう昔のことで、あまり覚えてはいないが。