それから朱里は幸雄のことを探した。どこに住んでいるか、家族構成など徹底的に調べた。すると、ある一人の女の影が浮かび上がった。それが竹下聡里だ。
この女が邪魔でしかなかった。幼馴染だとかいう美味しい立場にいながら彼女ではないことを知り鼻で笑った。

行動を起こしたのは高校二年生。もとより、こんな田舎で一生を過ごす気はなかったし両親も娘には大学へ行ってほしいようだった。田舎に大学はないため、都会まで出るのは至極当然であった。
 しかし、田舎を出るタイミングが大学というのはあまり気が乗らなかった。

「どうせ田舎を出るなら早いうちがいい。友達も早く向こうで作りたい」

快く了承された。
善は急げだ。両親は都会にいる親戚に空いている家を借りた。
もちろん、その家の近くにある学校へ幸雄が通っているのは調べていた。

「ありがとう」

親戚と両親にはこれ以上ない素敵な笑顔でお礼を言った。

朱里にとってあの夏の出来事は忘れられないものとなっていたが、幸雄はそうでないらしく朱里のことは全部忘れていた。無理もない。そんなことはこちらも想定内だ。
だから朱里は初対面を装った。完璧な女の子として彼の前に現れると、目論見通り自分に惚れてくれた。容姿に自信はあったし性格も良い、こんな女を放っておく男はそういない。

ただ、不満だったのは竹下聡里が「幸雄」と呼んで、自分は「白井くん」呼びくらいのものだ。

竹下聡里は敵意を剥き出しにしていた。敵として認識したのだろう。当然か、彼女は幸雄のことが好きなのだから。
いきなり現れた超絶美少女に焦ったのか彼女は朱里の弱点を必死に探しているようだった。探したところでそんなものはない。


そして竹下聡里の家に呼び出された。
何故自分が竹下聡里の家に足を運ばなければならないのか。用があるなら自分で来ればいいのに、臆病者。

聡里がどう足掻こうが幸雄はもう自分に惚れているし、あとは告白して付き合うだけ。聡里が入る隙間は一ミクロもない。

「こんにちは」

いつも通りの笑顔で竹下家に入る。
どこにでもある一般家庭の家だ。

どうやら家には人がいないらしく、本人が出迎えてくれた。
竹下聡里の顔色は悪く、目の下には隈ができていた。

「….」

無言で朱里を家に入れて、二階の部屋へ連れて行った。聡里の態度が感じ悪いのは気にしていない。
聡里の部屋は普通だった。飾り気のない、部屋の主が男か女か分からないくらいには飾り気がなかった。
こういうところが幼馴染から彼女になれなかった理由でもあるのではないか。
女として見られなかった部分だ。
幸雄も何度か遊びに来たことがあるのだろう。
自分の部屋と大差ない部屋を見て、恋愛感情を抱くわけがない。
落としたい男がいるのなら、自分が女であることを知ってもらわなければならない。

この女は自分の素を好きになってほしいから、などと思っているのではないのか。
その考えはよろしくない。
元々自分を好いてくれている人間ならともかく、好意を寄せてくれていない人間に対してそんなことを思っては終わりだ。
今までと同じだから好かれないのだ。偽りでもなんでもいいから、どこかを変えなければずっと現状維持になる。

「あたし、あんたに話があるの」

部屋の中心に立って朱里と聡里は向き合う形になる。
人を家に呼んでおいて立たせたまま話をするのか。

「何かな?」

取り合えずキョトン顔をしてみる。
するとみるみる聡里の顔は歪み、見るに堪えない面へと変化した。

「知ってるわよ、あんたの性格がクズだってことはね」
「え、聡里ちゃん?」
「いい加減に本性晒しなさいよ。この女狐が!!」

麻薬でも使用したのかというくらい豹変し、表情もそれに近くなった。

「聡里ちゃん…」
「名前を呼ばないで、気持ち悪い」

散々な言い様だ。
自分から家に呼んでおいてこの仕打ち。

室内は静まり返り、聡里は朱里の出方を伺っている。
数秒の無言の後、朱里は声を発した。

「あっは、何その顔、すごいブサイク」

プッ、と笑うと「やっぱり」と言いたげな顔で朱里を睨みつける。

「それが本性ね」
「本性って言い方嫌いよ、どっちも私だもん」

人には優しくしろ、と学校でも習うはずだ。
それをただ実践しているだけ。
猫を被ることは悪いことではないし、本来の性格を表に出さないのも、自分を守るために必要なことだ。何も咎められることではない。

むしろ、この女のように何でもハキハキ言ってしまうような人間の方が敵を作りやすい。