「〝……俺、実は借金してるんだよね〟」
一瞬、しん、と場が沈まった。
社会人になった今、借金というワードはいくらか現実的な単語として耳に入ってくる。最近聞いたのは、人事部の課長がギャンブルにのめり込んで借金地獄という話だ。薄給であるうちの会社の給料では返済しきれず、とうとう三ヶ月前に退職してマグロ漁船に乗せられた。ていうかうちの社員の質はどうなってるんだ。仮にも課長だったんだが。
とりあえず、ユウダイが借金なんて初耳だ。
この〝秘密〟はうそかもしれない。借金があるなら今までの会話の中で少しは話題に出るだろう。
俺はまだ信じないつもりで、発泡酒に口をつける。
「ふーん。いくら?」
「〝二千万〟」
いやいや。二千万て。
額がでかい。大学の奨学金を借金と呼ぶのならユウダイでもあり得ると思ったけれど、それとは違うようだ。
「なんだよそれ。……うそだろ?」
「いや、ほんと。〝俺さ、キッチンまわりの便利グッズを作る会社を立ち上げたんだけど、全然売れなくて先月倒産したんだよね。で、商品作った資金を回収できないままだからすげー借金が残ってて〟」
言われて、高校時代のユウダイを思い返した。
部活中、ユウダイは目の前に並んでいる包丁やまな板を眺めながら、こんな話をしたことがあった。
〝なぁ、包丁ってだんだん切れ味悪くなるじゃん。でも研ぐのって面倒だし、砥石扱うのは難しいよな。だから、スライドさせるだけで簡単に包丁が研げるグッズがあったら便利じゃねぇ? なんならそのグッズの中に包丁収納できるようにするとかさ〟
〝まな板の上の野菜、鍋に入れるときボロボロこぼれるんだよな。やわらかいまな板があったらどうかな。両脇を丸めてすべり台みたいにしたら鍋に入れやすいよな〟
いや、その商品もうとっくに売られてるから。
そうツッコもうと思ったけど、たしかにな、とだけ答えた。ただの世間話だ、否定してわざわざユウダイのテンションを下げることもない。こういうのは受け流すに限る。
ユウダイは企画力はないけれど、別に将来それで食っていくわけじゃないと思っていた。仮に料理関係で生きていくとしても、料理人やパティシエとかだろう。料理は料理でも、ユウダイに商品企画は似合わない。
あぁでも、ユウダイは高校を卒業したあと料理の専門学校じゃなくて、有名私大に通っていたっけ……。
「ユウダイ、二年前に普通に就職したんじゃなかったっけ。それに、そんだけ借金してたらこんなとこでのんきに飲み会してられないだろ。金策に走れよ」
「〝いや、一度就職はしたけど退職したんだよ。企業する夢が忘れられなくてさ。別に、これだけ借金があったら飲み会しようがしまいが変わらないだろ〟」
いやいや。ユウダイはそんなに適当な人間じゃなかった。
仮に企業したとしても、最悪の事態に備えてリスクは抑えていただろう。部長だったときだって部費を使うときの金銭感覚はしっかりしていた。借金なんて、絶対うそだ。
混乱したまま残りの二人を見ると、それぞれのんびりとワインとレモンサワーを味わっていた。
「〝大変じゃーん、ユウダイ〟」
「〝返済がんばって! 応援してる〟」
いやいや。なんだその軽い返しは。お前ら本当に友達かよ。
「あのさ……やめね? この告白ごっこ。マジなのかよくわからないし、なんか暗くなるっていうか……」
「じゃあ次、私ね。〝実は私、超能力ありまーす! あと言ってなかったけど、先月結婚しました! ここが新居でーす! あと実は、このワインはぶどうジュースでほっぺの赤みはチーク、なんとシラフでーす!〟」
「いやいや、もういいって」
騒ぐイチカを止めた。こいつの言うことは昔から突拍子もなくて、ユウダイ以上にうそだか本当だかわからない。話すだけ無駄だ。
こいつらとはなにを話していても楽しいけれど、さすがにこんな話ならしりとりでもしていたほうがいい。
なのに、モニターの中の三つの枠の頂点、一番上に表示されている人物がサワーを飲みつつ手をあげる。
「次、私の番ね。〝実は私、親が予言者で、私もその血筋を持ってるの。ちょうどさっき未来が見えました。近々、この四人の中の誰かが死んでしまいます!〟」
「は?」
——リコだ。
その言葉に、耳を疑った。
一瞬、しん、と場が沈まった。
社会人になった今、借金というワードはいくらか現実的な単語として耳に入ってくる。最近聞いたのは、人事部の課長がギャンブルにのめり込んで借金地獄という話だ。薄給であるうちの会社の給料では返済しきれず、とうとう三ヶ月前に退職してマグロ漁船に乗せられた。ていうかうちの社員の質はどうなってるんだ。仮にも課長だったんだが。
とりあえず、ユウダイが借金なんて初耳だ。
この〝秘密〟はうそかもしれない。借金があるなら今までの会話の中で少しは話題に出るだろう。
俺はまだ信じないつもりで、発泡酒に口をつける。
「ふーん。いくら?」
「〝二千万〟」
いやいや。二千万て。
額がでかい。大学の奨学金を借金と呼ぶのならユウダイでもあり得ると思ったけれど、それとは違うようだ。
「なんだよそれ。……うそだろ?」
「いや、ほんと。〝俺さ、キッチンまわりの便利グッズを作る会社を立ち上げたんだけど、全然売れなくて先月倒産したんだよね。で、商品作った資金を回収できないままだからすげー借金が残ってて〟」
言われて、高校時代のユウダイを思い返した。
部活中、ユウダイは目の前に並んでいる包丁やまな板を眺めながら、こんな話をしたことがあった。
〝なぁ、包丁ってだんだん切れ味悪くなるじゃん。でも研ぐのって面倒だし、砥石扱うのは難しいよな。だから、スライドさせるだけで簡単に包丁が研げるグッズがあったら便利じゃねぇ? なんならそのグッズの中に包丁収納できるようにするとかさ〟
〝まな板の上の野菜、鍋に入れるときボロボロこぼれるんだよな。やわらかいまな板があったらどうかな。両脇を丸めてすべり台みたいにしたら鍋に入れやすいよな〟
いや、その商品もうとっくに売られてるから。
そうツッコもうと思ったけど、たしかにな、とだけ答えた。ただの世間話だ、否定してわざわざユウダイのテンションを下げることもない。こういうのは受け流すに限る。
ユウダイは企画力はないけれど、別に将来それで食っていくわけじゃないと思っていた。仮に料理関係で生きていくとしても、料理人やパティシエとかだろう。料理は料理でも、ユウダイに商品企画は似合わない。
あぁでも、ユウダイは高校を卒業したあと料理の専門学校じゃなくて、有名私大に通っていたっけ……。
「ユウダイ、二年前に普通に就職したんじゃなかったっけ。それに、そんだけ借金してたらこんなとこでのんきに飲み会してられないだろ。金策に走れよ」
「〝いや、一度就職はしたけど退職したんだよ。企業する夢が忘れられなくてさ。別に、これだけ借金があったら飲み会しようがしまいが変わらないだろ〟」
いやいや。ユウダイはそんなに適当な人間じゃなかった。
仮に企業したとしても、最悪の事態に備えてリスクは抑えていただろう。部長だったときだって部費を使うときの金銭感覚はしっかりしていた。借金なんて、絶対うそだ。
混乱したまま残りの二人を見ると、それぞれのんびりとワインとレモンサワーを味わっていた。
「〝大変じゃーん、ユウダイ〟」
「〝返済がんばって! 応援してる〟」
いやいや。なんだその軽い返しは。お前ら本当に友達かよ。
「あのさ……やめね? この告白ごっこ。マジなのかよくわからないし、なんか暗くなるっていうか……」
「じゃあ次、私ね。〝実は私、超能力ありまーす! あと言ってなかったけど、先月結婚しました! ここが新居でーす! あと実は、このワインはぶどうジュースでほっぺの赤みはチーク、なんとシラフでーす!〟」
「いやいや、もういいって」
騒ぐイチカを止めた。こいつの言うことは昔から突拍子もなくて、ユウダイ以上にうそだか本当だかわからない。話すだけ無駄だ。
こいつらとはなにを話していても楽しいけれど、さすがにこんな話ならしりとりでもしていたほうがいい。
なのに、モニターの中の三つの枠の頂点、一番上に表示されている人物がサワーを飲みつつ手をあげる。
「次、私の番ね。〝実は私、親が予言者で、私もその血筋を持ってるの。ちょうどさっき未来が見えました。近々、この四人の中の誰かが死んでしまいます!〟」
「は?」
——リコだ。
その言葉に、耳を疑った。