「あ…れ、あたし……どうして」
正気に戻ったフィーネは辺りを見回した。
青々とした世界。頭上には眩いまでの――太陽がある。夢にまで見た本物の太陽だ。何も遮るものがない果てしなく広い大空がある。フィーネは言葉が出なかった。
「目が覚めたか。手当をしよう。おい、チム」
しばし呆けていたところにやってきたのは、女騎士のターニャであった。
(人間だ)
動揺をしたが、何故か敵意を抱くことはなかった。それに、ターニャのそばにいる者は魔族の子どもであったのだ。
何がどうなっているのか。エレノアの死を嘆き、人間の報復を誓って乱血薬を口にした。つい先ほどまで強い憎しみに囚われていたはずが、今は凪のように安らかであった。
「エレノアなら、生きてるよ」
チムはフィーネの手当を施しながら告げる。フィーネは耳を疑った。
「そんな…」
「人間の兵士が嘘をついたんだって。だからね、本当は死んでない。オズ様も、ほかのみんなも、無事だよ」
「人間が、あたしたちをまた謀ったっていうのか? だったら今度こそ――…」
だが、周囲には殺伐とした空気が存在しない。ケガをした魔族と人間が一緒になって手当を受けている。中には、がれきに埋まっている人間を救助している魔族の姿もあった。
「皇女殿下はおっしゃった。これが、本来あるべき形、なのだそうだ」
女騎士のターニャは空を仰いだ。フィーネは動揺をしつつも、それに続くように広い空を見上げる。本物の太陽がこれほど眩しいとは思わなかった。
「エレノアが約束してくれた。人間はもう魔族から搾取しないって。それにね、おれたちはもう人間を食べなくても、なれ果てないんだって。だから、人間と一緒に暮らせるんだって」
ターニャの手当をするチムは、嬉しそうに告げた。
「おれ、悪い人間に捕まっちゃって、エレノアに助けられたんだ。それでね、分かったんだよ。ぜんぶが悪い人間じゃない。それは、おれたち魔族だってそうでしょ? 悪い奴もいれば、いい奴もいる。人間も、きっとそうなんだ」
イェリの森で見るエレノアとオズは、とても形容しがたい信頼でつながっているようだった。フィーネは人間を憎く思いながらも、いつか共存できる未来が訪れるのなら、と淡い希望を抱いていた。
(まさか――本当に)
一面の青空に漂う白と黒の影。
そこには、天照らす太陽のごとき少女と、月のように静かに寄り添う王がいた。
穏やかな風が吹き抜ける。争いあい、憎しみあう世は終わった。そのあまりの眩しさに、フィーネはぽろぽろと涙を流した。