エレノアが瞠目していると突如、眩い光に照らされた。
まるで神秘的な光景だった。光の中で二つの影が浮かび上がる。
一つは優しく聡明な純白、一つは闇のごとき漆黒。
『それは、あなたたちが、“結び”の誓いを立てているためです』
二つの影はやがて鮮明な形を成し、エレノアとオズを諭すように見据える。
オズはエレノアの肩を抱いたまま、二つの影を静かに見上げている。エレノアは、相手が名乗らずともその正体を直感的に理解した。
『あなたにはよく語りかけていたけれど、こうして顔を合わせるのは、はじめてですね、エレノア。そして――…今代の魔族の王、オズワーズ』
透き通るほどに白き女神オーディアと、凛々しいまでの黒を宿す魔神デーモス。
そして驚くことに女神オーディアの容姿は、エレノアと酷似している。そして魔神デーモスとオズも然りだった。
「女神、そして魔神に問う。“結び”の誓いとは、なんだ」
オズは低い声を出して言った。
『この大地の祝福を受けし人間の姫と、森羅万象の力を授かりし魔族の王が一夜の契りを交わし、深い愛を築くことをいう』
オズの問いに答えたのは魔神デーモスであった。
(一夜の…契り?)
エレノアの脳裏には、イェリの森の先王の眠る場所にて破瓜の血を流した出来事がよぎった。
エレノアは不謹慎にも頬を赤らめる。ちら、とオズに横目を向けるも、普段と変わらずに冷たい顔をしている。エレノアは余計に恥ずかしくなった。
「すると、どうなる」
『人間の姫と魔族の王はもとより不完全。二つの魂が合わさって、ようやく真の力を発揮する』
魔神デーモスは淡々と口を開いた。
『愛しいエレノア。あなたのその祈りの力は本来、この大地の生きとし生きるもの、そのすべてに祝福を与えるためにあるのです』
「祝福…?」
『ええ、だけど、それはあなた一人ではできないこと。そうね、これは…とても不思議な因果。古よりもさらに昔から、この大地の祝福を受けた人間の姫と、森羅万象の力を授かる魔族の王が手を取り合うことで、生命の均衡を保ってきたのです』
エレノアはこれまで、己の恋は周囲から祝福されぬものだと思っていた。それがどれほど悔しく、悲しく、やるせなかったか。挙句の果てには恋の成就を望まぬ存在に謀られ、死の淵まで陥れられた。
永久に結ばれぬ定めにあるものかと嘆くのみであったが、違った。
(私たちは、本来、結ばれる運命にあった)
生命の均衡など望まぬきわめて利己的な者により、意図的に運命をねじまげられていたのだ。
『そうして、我ら魔族は“生”の尊厳を保持し、人間とともに暮らしていた』
「人間を食わずとも、知性を保つと?」
『そうだ』
魔神デーモスはオズの問いに答えた。
『ですが…、私たちは“結び”の誓いをたてることなく、あの嫉妬の化身に滅ぼされてしまいました。私には、己の力を引き継ぐ女児がありませんでしたから、次に大地の祝福を受ける子があらわれるまでは時間を要した。ようやく産声が上がったのは、百年ほど経った頃でした』
続けて女神オーディアが慎ましく口を開く。
『あの者は史実をねじまげ、祈りの力を私的に利用したのです。そうして、魔族を故意に弱体化させ、蹂躙した。私の声は、これまでの“大地の姫君”には思うように届かず、悔しくもただ見ていることしかできませんでした』
「それなのに、何故オーディア様は私たちに力を授けてくださったのですか?」
エレノアがさらに問うと、女神オーディアは微笑を浮かべた。
『私はあの日、自らを神格化しました。ですが、その力のほとんどは、愛しい者たちを守るために使い果たしてしまっていた』
「それでは…」
『愛しいエレノア。あなたのその力は、私から授ける加護ではなく、大地からの授かる祝福の力なのです。ねじまげられた伝承により、いつしか事実がすり替わってしまった』
女神オーディアは悲しげに瞳を揺らしている。
(大地からの祝福…)
エレノアの声が女神オーディアによく届いていたのは、エレノアが女神オーディアの願いを宿した子であったからだった。そして、運命に導かれるようにオズに出会い、恋をし、異種族が再び交わる道を築こうとした。
『どうか、あなたたちの力で、この長き闇を打ち破ってほしい』
まるで神秘的な光景だった。光の中で二つの影が浮かび上がる。
一つは優しく聡明な純白、一つは闇のごとき漆黒。
『それは、あなたたちが、“結び”の誓いを立てているためです』
二つの影はやがて鮮明な形を成し、エレノアとオズを諭すように見据える。
オズはエレノアの肩を抱いたまま、二つの影を静かに見上げている。エレノアは、相手が名乗らずともその正体を直感的に理解した。
『あなたにはよく語りかけていたけれど、こうして顔を合わせるのは、はじめてですね、エレノア。そして――…今代の魔族の王、オズワーズ』
透き通るほどに白き女神オーディアと、凛々しいまでの黒を宿す魔神デーモス。
そして驚くことに女神オーディアの容姿は、エレノアと酷似している。そして魔神デーモスとオズも然りだった。
「女神、そして魔神に問う。“結び”の誓いとは、なんだ」
オズは低い声を出して言った。
『この大地の祝福を受けし人間の姫と、森羅万象の力を授かりし魔族の王が一夜の契りを交わし、深い愛を築くことをいう』
オズの問いに答えたのは魔神デーモスであった。
(一夜の…契り?)
エレノアの脳裏には、イェリの森の先王の眠る場所にて破瓜の血を流した出来事がよぎった。
エレノアは不謹慎にも頬を赤らめる。ちら、とオズに横目を向けるも、普段と変わらずに冷たい顔をしている。エレノアは余計に恥ずかしくなった。
「すると、どうなる」
『人間の姫と魔族の王はもとより不完全。二つの魂が合わさって、ようやく真の力を発揮する』
魔神デーモスは淡々と口を開いた。
『愛しいエレノア。あなたのその祈りの力は本来、この大地の生きとし生きるもの、そのすべてに祝福を与えるためにあるのです』
「祝福…?」
『ええ、だけど、それはあなた一人ではできないこと。そうね、これは…とても不思議な因果。古よりもさらに昔から、この大地の祝福を受けた人間の姫と、森羅万象の力を授かる魔族の王が手を取り合うことで、生命の均衡を保ってきたのです』
エレノアはこれまで、己の恋は周囲から祝福されぬものだと思っていた。それがどれほど悔しく、悲しく、やるせなかったか。挙句の果てには恋の成就を望まぬ存在に謀られ、死の淵まで陥れられた。
永久に結ばれぬ定めにあるものかと嘆くのみであったが、違った。
(私たちは、本来、結ばれる運命にあった)
生命の均衡など望まぬきわめて利己的な者により、意図的に運命をねじまげられていたのだ。
『そうして、我ら魔族は“生”の尊厳を保持し、人間とともに暮らしていた』
「人間を食わずとも、知性を保つと?」
『そうだ』
魔神デーモスはオズの問いに答えた。
『ですが…、私たちは“結び”の誓いをたてることなく、あの嫉妬の化身に滅ぼされてしまいました。私には、己の力を引き継ぐ女児がありませんでしたから、次に大地の祝福を受ける子があらわれるまでは時間を要した。ようやく産声が上がったのは、百年ほど経った頃でした』
続けて女神オーディアが慎ましく口を開く。
『あの者は史実をねじまげ、祈りの力を私的に利用したのです。そうして、魔族を故意に弱体化させ、蹂躙した。私の声は、これまでの“大地の姫君”には思うように届かず、悔しくもただ見ていることしかできませんでした』
「それなのに、何故オーディア様は私たちに力を授けてくださったのですか?」
エレノアがさらに問うと、女神オーディアは微笑を浮かべた。
『私はあの日、自らを神格化しました。ですが、その力のほとんどは、愛しい者たちを守るために使い果たしてしまっていた』
「それでは…」
『愛しいエレノア。あなたのその力は、私から授ける加護ではなく、大地からの授かる祝福の力なのです。ねじまげられた伝承により、いつしか事実がすり替わってしまった』
女神オーディアは悲しげに瞳を揺らしている。
(大地からの祝福…)
エレノアの声が女神オーディアによく届いていたのは、エレノアが女神オーディアの願いを宿した子であったからだった。そして、運命に導かれるようにオズに出会い、恋をし、異種族が再び交わる道を築こうとした。
『どうか、あなたたちの力で、この長き闇を打ち破ってほしい』