翌朝、オズはエレノアをイェリの森の出口まで送り届けた。エレノアは昨夜の出来事を恥じらいながらも、より強固なオズとの繋がりを得た心地になった。
しばらく会えずとも、愛の力が己を強くする。常に背後からオズが抱き締めてくれているような感覚がして、エレノアは心強く思った。
「エレノア皇女殿下…! よくぞご無事で!」
ニールの町中にはサンベルク帝国の兵士の姿が多くあり、切羽詰まった様子でエレノアを出迎える。その中には女騎士のターニャの姿もあった。
「…もぉぉぉ~、あなたというお人は! ターニャは肝が冷えましたぞ!」
「ごめんなさい…その、この様子だともうご存じよね…?」
「ええ! そうですとも! 乗馬によほど熱が入られたものだと軽んじていたこのターニャの落ち度でございました。また、どうしてイェリの森などに…!」
「私は世界の真実をただ知りたかったの。けれどその…、黙っていたことは、申し訳なかったわ」
ターニャは謹厳な態度で口を開く。
ターニャは生真面目な人間だ。女騎士としても誇り高くあろうとし、己の中の正義を全うする。この度の一件の責は己にあると、すべてを背負い込んでほしくはなかった。
「まあ、皇女殿下…! よかった!」
ターニャは厳しい顔つきをしたまま、それ以上は何も言わなくなった。そして次に駆け寄ってきたのはキャロルであった。
「キャロル女官長…、心配をかけてごめんなさい」
エレノアを優しく抱き締める。
「ええええ、心配しましたよ。でも、ご無事で何よりでした」
「…私は、本当に何もされていないの。本当よ」
「……ええ、キャロルは分かっております。エレノア皇女殿下は、さまざまなものに触れたのでしょう」
エレノアはこの人たちに迷惑をかけたいわけではなかった。キャロルも、ターニャも、大好きだ。人間も好ましく、魔族も好ましい。だから余計に争いあってほしくはないのだ。
「おやまあ…顔つきがずいぶんと…変わられましたねえ…」
キャロルはエレノアの表情をまじまじと見つめると、穏やかに笑いかけてくる。エレノアはふとキャロルの持前の勘の鋭さにどきりとした。
「そ、そうかしら…」
「ええ、離宮から出られたばかりの頃より、ずいぶんと…たくましい御顔をされております。きっと、よい出会いがあったのですね」
「ずっと言えなくて、ごめんなさい」
「女には、口にできぬことの一つや二つは、あるものです。それに…」
キャロルはエレノアに耳打ちをする。
「ハインリヒ様が、中に」
「…!」
「皇女殿下の身を案じておられますわ」
「ええ、すぐに、向かうわ」
昨日の件で、早々にハインリヒのもとに報告が入ったのだ。おそらく、父であるサンベルク皇帝の耳にも届いている。この辺りに集められているサンベルク帝国の兵士たちも、ハインリヒの部下であるだろう。己を王都へ連れ戻しに来たのだ、とエレノアは背筋をすっと伸ばした。
応接室の扉をノックし、中から高潔な男の声が聞こえてくる。エレノアが扉を開けると、豪奢な甲冑をまとったハインリヒが立っていた。
「おお……! エレノア皇女殿下! よくぞご無事で!」
恭しく礼をとるハインリヒを目の当たりにして、エレノアは表情を引き締める。
「…この度はご心配をおかけいたしました。ハインリヒ様。また、先日のお茶のお誘いにおかれましては、無礼を働いたこと、誠に申し訳ございませんでした」
エレノアはハインリヒの面子を潰してしまった。そればかりか、今度はイェリの森でサンベルク帝国の兵士たちを呵責した。愛想をつかされているだろうと思ったが、エレノアを見るハインリヒの目にはなお敬愛の念が込められている。
「滅相もございません。またお誘い申し上げようと思っていたところでございました故。……それにしても、ああ、本当によかった」
「あ…」
エレノアは、ハインリヒの熱意から視線を逸らしたくなった。
しばらく会えずとも、愛の力が己を強くする。常に背後からオズが抱き締めてくれているような感覚がして、エレノアは心強く思った。
「エレノア皇女殿下…! よくぞご無事で!」
ニールの町中にはサンベルク帝国の兵士の姿が多くあり、切羽詰まった様子でエレノアを出迎える。その中には女騎士のターニャの姿もあった。
「…もぉぉぉ~、あなたというお人は! ターニャは肝が冷えましたぞ!」
「ごめんなさい…その、この様子だともうご存じよね…?」
「ええ! そうですとも! 乗馬によほど熱が入られたものだと軽んじていたこのターニャの落ち度でございました。また、どうしてイェリの森などに…!」
「私は世界の真実をただ知りたかったの。けれどその…、黙っていたことは、申し訳なかったわ」
ターニャは謹厳な態度で口を開く。
ターニャは生真面目な人間だ。女騎士としても誇り高くあろうとし、己の中の正義を全うする。この度の一件の責は己にあると、すべてを背負い込んでほしくはなかった。
「まあ、皇女殿下…! よかった!」
ターニャは厳しい顔つきをしたまま、それ以上は何も言わなくなった。そして次に駆け寄ってきたのはキャロルであった。
「キャロル女官長…、心配をかけてごめんなさい」
エレノアを優しく抱き締める。
「ええええ、心配しましたよ。でも、ご無事で何よりでした」
「…私は、本当に何もされていないの。本当よ」
「……ええ、キャロルは分かっております。エレノア皇女殿下は、さまざまなものに触れたのでしょう」
エレノアはこの人たちに迷惑をかけたいわけではなかった。キャロルも、ターニャも、大好きだ。人間も好ましく、魔族も好ましい。だから余計に争いあってほしくはないのだ。
「おやまあ…顔つきがずいぶんと…変わられましたねえ…」
キャロルはエレノアの表情をまじまじと見つめると、穏やかに笑いかけてくる。エレノアはふとキャロルの持前の勘の鋭さにどきりとした。
「そ、そうかしら…」
「ええ、離宮から出られたばかりの頃より、ずいぶんと…たくましい御顔をされております。きっと、よい出会いがあったのですね」
「ずっと言えなくて、ごめんなさい」
「女には、口にできぬことの一つや二つは、あるものです。それに…」
キャロルはエレノアに耳打ちをする。
「ハインリヒ様が、中に」
「…!」
「皇女殿下の身を案じておられますわ」
「ええ、すぐに、向かうわ」
昨日の件で、早々にハインリヒのもとに報告が入ったのだ。おそらく、父であるサンベルク皇帝の耳にも届いている。この辺りに集められているサンベルク帝国の兵士たちも、ハインリヒの部下であるだろう。己を王都へ連れ戻しに来たのだ、とエレノアは背筋をすっと伸ばした。
応接室の扉をノックし、中から高潔な男の声が聞こえてくる。エレノアが扉を開けると、豪奢な甲冑をまとったハインリヒが立っていた。
「おお……! エレノア皇女殿下! よくぞご無事で!」
恭しく礼をとるハインリヒを目の当たりにして、エレノアは表情を引き締める。
「…この度はご心配をおかけいたしました。ハインリヒ様。また、先日のお茶のお誘いにおかれましては、無礼を働いたこと、誠に申し訳ございませんでした」
エレノアはハインリヒの面子を潰してしまった。そればかりか、今度はイェリの森でサンベルク帝国の兵士たちを呵責した。愛想をつかされているだろうと思ったが、エレノアを見るハインリヒの目にはなお敬愛の念が込められている。
「滅相もございません。またお誘い申し上げようと思っていたところでございました故。……それにしても、ああ、本当によかった」
「あ…」
エレノアは、ハインリヒの熱意から視線を逸らしたくなった。