「何故、オズワーズ様と人間のエレノアが…」
「マンマ、どういうこと…? 人間は悪い奴らなんだよね…? でも、エレノアは僕たちを守ってくれたよ…?」
「それに、あの神々しい力は…いったいなんだ?」

 民衆の混乱は瞬く間に広がり、誰もがオズとエレノアを見つめていた。
 オズはエレノアの肩を抱いたまま、鋭く冷たい瞳で対魔族兵器を見据える。サンベルク帝国の兵士はこと切れる手前で搭乗席から這い出てくる。
 すかさずすっと右手をかざし、オズが力を溜めたが、エレノアはその手に自らの手を重ねて制した。

「殺さ、ないで…」

 オズは表情を変えることなくエレノアを一瞥する。

「何故だ」
「あなたの手は、民を守るためにある、から」
「逃がせば、おまえは」
「私は、大丈夫よ。皇帝陛下に事情を、話して、納得して、いただくもの」

 エレノアは自分がいったい何をなしたのか、理解に及んでいなかった。一歩間違えればサンベルク帝国の兵士の命を奪いかねなかったのだ。もしもオズが現れなかったらと思うと恐ろしくなる。
 唯一感じ取っていたのは、彼らの中に作用していた女神オーディアの加護の力をエレノアが根こそぎ奪っていたことだ。頑丈なつくりをした装甲はただの鉄さびになり果て、崩れ落ちた。女神オーディアへ祈りを捧げて、民に加護を与えるだけでなく、その逆も可能だということなのか。

(いいえ、そのようなことはこれまでに一度だってなかったのに)

 あの時は、魔族たちを守りたい一心だった。そのために、我が祖国の兵を排斥しなければならないと強く願ってしまった。

 兵が逃亡すれば、一連の出来事が軍部、そしてサンベルク皇帝に筒抜けになる。そうすれば、もう自由にイェリの森に出向くことはできなくなるだろう。
 だが、それでも命までは奪いたくはなかった。

「エレノアよ。おまえは、優しすぎる」
「…ありがとう。オズ」

 オズは振り上げた右手を下ろすと、空間移転の魔術を使ってサンベルク帝国の兵士たちを森の外へと追いやった。
 そしてようやくエレノアは魔族の民に意識を傾ける。戸惑いの表情を浮かべるものが大半であったが、キキミックは泣きべそをかきながらエレノアの胸の中に飛び込んできた。

「エレノアァァ~、よくぞご無事でぇぇ!」

 もふもふとした毛玉を抱き留め、エレノアは苦笑を浮かべる。

「心配をかけてごめんなさい。キキミック」
「肝を冷やしたぞぉぉ!」
「でも、皆を守ることができてよかったわ」

 人間を過剰なまでに恐れているはずのキキミックの行動に、民衆は目を丸くした。極めつけにはオズの態度だ。エレノアの願いを聞き入れ、人間を殺すことをやめるなどとは信じられたものではなかった。

「エ、エリィ…あんた」
「エレノアお姉ちゃん…」

 キキミックに続いて人間の姿をしたエレノアに声をかけてきたのは、フィーネとベスであった。困惑した表情を浮かべつつも、エレノアを受け入れようとしている。

「騙していて、本当にごめんなさい。フィーネ、ベス」
「なんで…魔族に成りすましてまで、人間の、それも帝国の皇女のあんたが、こんなところに?」

 ベスはフィーネの背後に隠れながら、エレノアを見つめている。

「いろいろと事情があって、イェリの森でオズと知り合ったの。この世界に関してあまりに無知だったものだから、どうしても、あなたたちのことが知りたかった。だから無理をいって、オズにお願いをして連れてきてもらっていたのよ」
「あたしたち、を…?」
「ええ、そして、ここで生活をしてみて、分かった。魔族の世界は、とてもあたたかくて、素敵だった。私も、彼らの生活を守ってあげたいと思った」
「でも、あたし、あんたの前で人間の悪口を言った。それに、人間の肉のことだって、それ聞いて、何も感じなかったのかよ…」
「…もちろん、悲しかったわ。でもね、それが事実なのでしょう? ならば私は知るべきだった。当然、このままの状態にしておくつもりはないわ。人間も、魔族も、尊厳を保って生きるべきよ」
「なんで、そんな…あんたは」

 信じてもらえないかもしれないが、エレノアは本心をありのままにさらけ出した。ベスの視線に合わせるようにしゃがみこむと、少し驚いた様子だったが、やがて安堵したように微笑んでくれる。

「僕、エレノアお姉ちゃんに、二回も助けてもらったんだ…」
「ベス…」
「すごく、かっこよかった。人間だけど、僕、エレノアお姉ちゃんは嫌いになれないよ」

 エレノアはその言葉が、今に涙してしまいそうなほどにうれしかった。ベスが鼻水を垂らしながらエレノアに抱き着く。フィーネは我慢の限界がきたように、エレノアとベス、キキミックごと抱き締めた。