「浅慮なのは、俺も、同じか」
「え…?」
ざわざわと木々が薙ぐ。オズが身に着けている羽織が風にのって靡いた。骨董品のように美麗な王の顔。エレノアはまん丸とした満月のような瞳に吸い込まれてゆく。
「女神オーディアの声を聞きし、大地の姫…エレノアよ」
深い霧が晴れてゆき、小川のせせらぎが聞こえてくる。
「澄み渡るような碧眼も、糸のような銀髪も、俺には何故か、懐かしい」
「オズ」
「時に眩しく、だがどうして、あたたかい」
オズは「来い」と告げるとエレノアの肩を抱く。
紋章の浮かぶ右手を振り上げ、空間を移動した。流れるように森の奥へと進んでいき、吹き荒れる風にエレノアの白銀の髪が靡いた。
そして、鬱蒼と茂る森がなんの前触れもなく開ける。エレノアは周囲の風景のあまりの美しさにため息を漏らした。
「ここは…」
樹海のような森の中に、きらきらと輝く空間。エレノアはしきりに辺りを見回し、オズに問うた。
「先王が眠る場所だ」
「オズの御父上が…?」
エレノアは言葉を失った。人間との和解を胸に抱くも、謀られて亡くなった。オズは眉一つ動かさずに花畑の中央を見据えている。
「御父上は、どんな方だった?」
普段ならとうに騒ぎ立てているキキミックもこの場にはいない。おそらく、オズのみが立ち入ることのできる聖域なのだとエレノアは理解した。
オズはエレノアを一瞥し、彼方を見やる。
「生きとし生けるもの――、すべてを愛する者であった」
(すべてを…)
エレノアはほう、と吐息を漏らす。抑揚がなく淡々と吐露をするオズであったが、今、本当は何を考えているのか。多くは語らないが、常に瞳に憂いを帯びていることをエレノアは分かっていた。
「民を愛し、森を愛し、そして、人間までもを愛した」
「人間も…」
ふわり、風が吹き抜ける。
眩いまでの宝石の花々に囲まれ、エレノアとオズは見つめあった。
「そして、先王に愛された人間の女は、やがて子を身ごもった」
「…!」
「女は、……母は、俺を産み落とした果てに力尽き、息絶えたそうだが」
エレノアは言葉を失い、黙り込む。おそらく、オズが秘匿としているのだろう内容であったのだ。
人間のような顔つきも、知性も、どうしてオズだけが――と疑問に思っていた。まさに青天の霹靂であった。
「それは…キキミックやガストマは、知らないことなのね…?」
「ああ」
「オズは、それをいつ知ったの?」
「人間でいう、齢十の頃だ」
憎らしい人間が自分の母であったとは、受け入れがたい事実であっただろうとエレノアは思う。
「どうして、そのような大事な話を…、私に?」
エレノアには母の記憶がない。それはまたオズも同様であった。エレノアは亡き母の面影を探し、恋しく思う夜があった。だが、オズはそうではなかったのかもしれないと考えると、胸が締め付けられ切なくなった。
「さあ、分からぬ」
オズは一歩、花畑に足を踏み入れる。このどこかに、魔族の先王が眠っている。夜のような世界にある幻想的な場所は、先王のお気に入りの場所でもあったのだろう。
「己が忌々しいと思っていた」
「そんなことは…ないわ」
「先王は人間を愛し、信じたが、騙され、辱しめられ、無残にも殺された。その人間の血が流れているものだと思うと、甚だ不愉快であった」
「…オズ」
「己の身などどうでもよい。必ずや、人間を根絶やしにする。只ひたすらにそう思っていた」
エレノアはたまらなくなり、その場を駆けだす。オズの背中に抱きつくと、腕の力を強くする。
(どうか、どうか、彼の悲しみが癒えてほしい)
世界の平和、古から続く皇女の使命、気にするべきことは山ほどある。だが、今のエレノアには大義名分を語ることができない。何より、目の前にいる魔族の男が大切に感じてしまうからだ。
「私はあなたのこと、とても綺麗だと思っているわ」
「…」
「誰よりも、素敵よ。種族の垣根を超え、愛し愛された末に生まれた、かけがえのない存在。それに…民にあんなにも慕われている」
「…」
「私、広場の物見やぐらをみて驚いてしまったわ。オズはあんなものまで作れるのね」
オズはエレノアを拒絶しなかった。エレノアのあたたかな体温が冷たく硬いオズの躰に溶けていく。
「え…?」
ざわざわと木々が薙ぐ。オズが身に着けている羽織が風にのって靡いた。骨董品のように美麗な王の顔。エレノアはまん丸とした満月のような瞳に吸い込まれてゆく。
「女神オーディアの声を聞きし、大地の姫…エレノアよ」
深い霧が晴れてゆき、小川のせせらぎが聞こえてくる。
「澄み渡るような碧眼も、糸のような銀髪も、俺には何故か、懐かしい」
「オズ」
「時に眩しく、だがどうして、あたたかい」
オズは「来い」と告げるとエレノアの肩を抱く。
紋章の浮かぶ右手を振り上げ、空間を移動した。流れるように森の奥へと進んでいき、吹き荒れる風にエレノアの白銀の髪が靡いた。
そして、鬱蒼と茂る森がなんの前触れもなく開ける。エレノアは周囲の風景のあまりの美しさにため息を漏らした。
「ここは…」
樹海のような森の中に、きらきらと輝く空間。エレノアはしきりに辺りを見回し、オズに問うた。
「先王が眠る場所だ」
「オズの御父上が…?」
エレノアは言葉を失った。人間との和解を胸に抱くも、謀られて亡くなった。オズは眉一つ動かさずに花畑の中央を見据えている。
「御父上は、どんな方だった?」
普段ならとうに騒ぎ立てているキキミックもこの場にはいない。おそらく、オズのみが立ち入ることのできる聖域なのだとエレノアは理解した。
オズはエレノアを一瞥し、彼方を見やる。
「生きとし生けるもの――、すべてを愛する者であった」
(すべてを…)
エレノアはほう、と吐息を漏らす。抑揚がなく淡々と吐露をするオズであったが、今、本当は何を考えているのか。多くは語らないが、常に瞳に憂いを帯びていることをエレノアは分かっていた。
「民を愛し、森を愛し、そして、人間までもを愛した」
「人間も…」
ふわり、風が吹き抜ける。
眩いまでの宝石の花々に囲まれ、エレノアとオズは見つめあった。
「そして、先王に愛された人間の女は、やがて子を身ごもった」
「…!」
「女は、……母は、俺を産み落とした果てに力尽き、息絶えたそうだが」
エレノアは言葉を失い、黙り込む。おそらく、オズが秘匿としているのだろう内容であったのだ。
人間のような顔つきも、知性も、どうしてオズだけが――と疑問に思っていた。まさに青天の霹靂であった。
「それは…キキミックやガストマは、知らないことなのね…?」
「ああ」
「オズは、それをいつ知ったの?」
「人間でいう、齢十の頃だ」
憎らしい人間が自分の母であったとは、受け入れがたい事実であっただろうとエレノアは思う。
「どうして、そのような大事な話を…、私に?」
エレノアには母の記憶がない。それはまたオズも同様であった。エレノアは亡き母の面影を探し、恋しく思う夜があった。だが、オズはそうではなかったのかもしれないと考えると、胸が締め付けられ切なくなった。
「さあ、分からぬ」
オズは一歩、花畑に足を踏み入れる。このどこかに、魔族の先王が眠っている。夜のような世界にある幻想的な場所は、先王のお気に入りの場所でもあったのだろう。
「己が忌々しいと思っていた」
「そんなことは…ないわ」
「先王は人間を愛し、信じたが、騙され、辱しめられ、無残にも殺された。その人間の血が流れているものだと思うと、甚だ不愉快であった」
「…オズ」
「己の身などどうでもよい。必ずや、人間を根絶やしにする。只ひたすらにそう思っていた」
エレノアはたまらなくなり、その場を駆けだす。オズの背中に抱きつくと、腕の力を強くする。
(どうか、どうか、彼の悲しみが癒えてほしい)
世界の平和、古から続く皇女の使命、気にするべきことは山ほどある。だが、今のエレノアには大義名分を語ることができない。何より、目の前にいる魔族の男が大切に感じてしまうからだ。
「私はあなたのこと、とても綺麗だと思っているわ」
「…」
「誰よりも、素敵よ。種族の垣根を超え、愛し愛された末に生まれた、かけがえのない存在。それに…民にあんなにも慕われている」
「…」
「私、広場の物見やぐらをみて驚いてしまったわ。オズはあんなものまで作れるのね」
オズはエレノアを拒絶しなかった。エレノアのあたたかな体温が冷たく硬いオズの躰に溶けていく。