「憎しみや怒りを抱いて生き続けるのは、あまりに悲しい。でも、それはあなたそのものでもあるのよね。簡単に切り離すことができないものだとも分かっている。だから、あなたがそれに囚われるのなら、せめて私が…そばで癒してあげたいと思ってはいけない?」

 オズの宝石のような瞳がエレノアへと向けられ、トクトクと胸が鳴る。あまりに綺麗で、エレノアは飲み込まれてしまいそうだった。

「ただ、そばにいるのか」
「…だめ、かしら」
「それ以外は、何も望まぬと?」
「…それ、は」

 オズの低い声が響き、エレノアは急に恥ずかしくなった。顔が赤くなり、視線を泳がせる。だが、オズに関しては通常運転であった。

(どうしましょう…私ったら、オズに求めていることがないとは言えないわ)

 己の浅ましさに、どこかの穴に埋まりたくなる。

「人間は、元来欲深い。故に、忌々しい」
「…っ」
「だが、おまえの願いは、夜に浮かぶ、月のようだ」

 オズはさらに言う。エレノアは吸い込まれるように、オズと向かい合った。大きくて立派な翼。王の印である二本の角。流れる鬣のような黒い髪に、満月のような瞳。人間と酷似している顔立ちは、ため息が出るほどに美々しい。

「あのヒカゲ草は、今は亡き先王が唯一、残したもの」
「先王…が?」
「あれを何故、おまえに分け与えたのか。考えていた」

(そんなに大事なものだったなんて)

 エレノアは目を丸くした。オズは表情を変えることなく、エレノアを見やった。

「死にかけの魔族など、放っておけば、よかったのだ」
「そんなこと、できないわ」
「ああ、だから、なおさら理解などできなかった」
「…オズ」
「愚かだ。人間の娘など、放っておけばすぐに死ぬ。それで、よいはずだった」

 ひらひらと飛ぶ光る蝶。オズは静かにエレノアと向き合うと、ただじっとその碧眼を見つめた。

「何故、おまえの祈る光を見るたび、なつかしく思うのか」

 ふわりと風が吹き付け、エレノアが頭から被っていたマントが落ちる。光る鱗粉にまざり、なびく髪。オズの瞳は冷たかったが、エレノアにはそれがわずかに普段よりも優しく感じた。

「人間など、今にでも、殺してやりたい。だが、おまえは…そうではない」

 エレノアはほぼ無意識にオズの胸に寄り添っていた。鱗の躰はごつごつしていて冷たいのに、心地がいい。

「俺の中で――声が聞こえる。おまえの白銀の髪も、瞳の色も――、どこかで」

 しばし、森の中で目を閉じる。すると、ガサガサ!と草木が揺れる音が聞こえてきた。




「──……ふっ、ふぎゃああああああああ! オズさっ、オズ様がっ、オズ、オズワーズ様が! にににに、人間と……っ、そんなっ…なりませぬ、我が君ぃ~~~~!!!」