鬼形の魔族であったものは灰となり崩れ落ちる。肉体が焼かれた異臭が鼻腔を刺激する。生きたまま燃やされる絶叫がエレノアの耳から離れなかった。本来であれば、阿鼻叫喚する場面であるが、青白く燃えている炎は幻想的だった。

「オズ、どうして」

 エレノアはしばらく足の力が入らなかった。オズは、腰を抜かしているエレノアを静かに見据える。

「愚かな」
「っ、ごめん、なさい。あ、あなたは……オズは…魔族がどのようなものか、私に教えてくれていたのに」

 理解していたつもりだったが、そうではなかった。

 きっと、人間と魔族が共存できる道は存在する。オズやキキミックのように、深く人間を憎んでいようとも、我を忘れて無差別に襲い掛かるような危険な種族ではないのだと、思い及んでいた。

 エレノアは震える躰を抱き締める。浅はかな己の行動のせいで、オズはたった今、同胞の命を――。

「ごめんなさい。ごめん、なさい。あなたに、こんなことをさせてしまって」

 灰の山は風にのってさらさらと辺りを漂った。

「あれはどの道、処分せねばならぬ“なれ果て”だ」
「なれ、果て?」
「腹を空かせ、理性を放棄し、やがて同胞にも、牙をむく」

 オズは遠い森の奥を見つめたまま、淡々と口を開いた。夜の底のように暗澹とした王は、凛としているが、仄悲しい。

「あれが、魔族の末路。おまえはそれを、あまりに美化しすぎている」
「末路…」
「人の娘、エレノアよ。それでもおまえは、我らを知るか」

 黄金色の刺繍が施された羽織がやわらかく揺れている。エレノアはしばらく、美麗な横顔を見つめてしまった。

「私、はそれでも……、あなたたちを理解したいと思う」

 鋭い牙、血走った獰猛な瞳、生々しい息遣い。それらを思い出すと躰がすくむが、エレノアは自らを奮い立たせた。

「迷惑をかけてしまって…ごめんなさい。それに………ありがとう。助けてくれた…のよね?」

 エレノアは弱弱しく立ち上がり、オズを見上げる。そして、灰になってしまった魔族の亡骸を見やり、胸を痛めた。

 恐ろしかった。死を想像した。捕食されるのだと理解した時、地獄の底に堕ちた気がした。今でも足がすくんでしまう。

 ──だが、何故。

 
「どうして、創造主はこのような末路を、用意されたの」

 エレノアに牙をむいた魔族も、もともとはオズやキキミックのように理性を持ち合わせていたのだろう。それは、生物としての尊厳ともいえる。エレノアは悲しみを抱き、その場に膝をついて両手を合わせた。

「このような理を生み出したのは、創造主ではない」

 せめてもの弔いになれば、とエレノアは亡くなった魔族の魂が無事に天に還るように祈る。

「かつては、身も、心も、分かつことなくひとつのまま、安らかに森へと還っていた」
「…それ、じゃあ」
「搾取したのは、人間だ」

 オズはさらさらと流れていく灰を見つめる。

「搾取…? 人間は、いったいあなたたちから何を奪ったの?」
「生命の、源だ」
「生命の…」

 オズは虚言を口にすることはない。そう理解しながらも、今も人間に搾取されているという言い分は、まるで、サンベルク帝国が魔族から大事なものを奪い続けていることを示している。
 どちらも信じたい。信じている。だが、そこに矛盾が生じてしまうために、エレノアは困惑した。

「私…は」

 生まれ育った祖国。女神オーディアが愛した国。なにより、陽だまりのようにあたたかく、慈悲深いサンベルク皇帝が統治する国。

「サンベルク帝国の…皇女。我が祖国に、身も心も、忠誠を誓っているわ」
「なるほど。ならば、今に森を去るか?」

 オズは一言、切り捨てる。

「…去らないわ」
「何故だ」
「知らなきゃいけない、気がするの」
「くだらぬ」
「どうにかしたい。なんとかしたい。これまで、これほどの衝動に駆られたことは一度だってなかったわ。立場をわきまえているつもりなのに、それでも、躰が勝手に、動いてしまうの」

 エレノアはそっとオズの手をとる。鱗のような手は、エレノアのそれよりも一回り以上大きく、冷たかった。