キキミックは突然の抱擁に困惑した。
 キキミックの知る人間はいたずらにいじめるか、迫害するか、殺そうとするか、そのいずれかだ。
 だが、エレノアはまるで、自らに責任を課しているような謝り方をする。だからなおさら、変な女だと、キキミックは思った。

「と、ところで? あのサンドイッチとやらは、旨いのか?」

 キキミックは困惑を誤魔化すように咳払いをする。エレノアは抱き締める力を弱めると、花が咲いたような笑みを浮かべた。

「お腹が減ったのね…! オズも食べてくれたし、まずくはないと思うの!」
「ふ、ふん! たまたま、空腹を感じていただけだからな! 人間の作ったものなど、本来は食わぬが、オズ様が召し上がったというのなら…ご相伴に預かろう」
「嬉しい! もちろんよ」

 両手を合わせてエレノアは喜んだ。こしらえてきたサンドイッチを一つ手渡すと、キキミックはふてぶてしい態度で受け取る。
 エレノアはドキドキと胸を高鳴らせた。キキミックはしばらくサンドイッチを見つめると、意を決したようにぱくりと口にする。

「ど、どうかしら…」

 もぐもぐと口を動かすキキミック。エレノアとサンドイッチをじっと見比べて、今度は大きな口でかぶりついた。

「美味しい…?」
「ふん、まあまあ、だ」
「そ、それは、まずくはないってことよね…?」

 キキミックは答えてはくれなかったが、サンドイッチを残さずにたいらげてくれたところから察するに、満足してくれたのかもしれないとエレノアは思った。

「残りのサンドイッチも、特別にキキミックが食してやる。寄こせ」
「ふふ…たくさん作ってしまったから、どうぞ召し上がって」

 こしらえてきたサンドイッチを差し出すと、キキミックはばくばくと食べつくした。

「ねえキキミック、聞いてもいいかしら」
「なんだ」
「この絵画なのだけれど……、城内にもこれと同じようなものが至るところに飾られていたわ。すごく、神秘的で…綺麗ね。宗教画が何かかしら…」

 キキミックがサンドイッチに夢中になっている隣で、エレノアは、ほう、と壁面を見つめる。そこには、神々しい光をまとった、黒い鳥のような姿が描かれている。かなり古い絵画なのか、ところどころ絵具が剥げてしまっていた。

「そうだ。我らが崇め奉る魔神デーモス様であられる」
「デーモス様……」

 その名前を聞いて、エレノアはハッとした。サンベルク帝国で語り継がれている神話において、古の時代に大厄災を招いた元凶が、その魔神デーモスであるのだ。理性を失った魔族を率いて大陸の安寧を脅かし、大陸全土を闇で覆った。
 女神オーディアを葬りし――…悪神と、されているはずだ。だが、絵をみるかぎりではとてもそのようには見受けられなかった。

「とても崇高で、ご温情溢れる神様であるのだぞ! どうだ、すばらしいだろう」
「ええ、そう……ね」
「そうだろうそうだろう。我らのオズワーズ様は、そんなデーモス様の生まれ変わりであるとの信託があるほどだ。森羅万象の力を受け継ぐ我が王は、人間などには絶対に屈しはせぬ!」

 エレノアは何と返事をすればよいものか迷った。
 オズが、魔神デーモスの生まれ変わり?
 もしそれが事実だというのなら、オズは魔神デーモスの魂を引き継いでいるということになる。
 果たしてエレノアは、いったいどう受け止めたらよいのだろう。