「…いったいどうして、このキキミックが人間の娘などの世話係をせねばならないのだ!」

 オズに連れられた場所は、森の中にひっそりと佇むお城だった。城内の一室を好きに使っていいと明け渡してくれたのはいいが、その他はキキミックに任せて何処かへ行ってしまった。

 このお城は、豪華絢爛で格式を重んじる王都の宮殿とは大きく雰囲気が異なっていた。城壁に飾られている古い絵画に、人の手で作られたのだろう伝統的な彫り物。絨毯においても、繊細な織り方から人と魔族の文化の違いが感じられる。
 また、ところどころ蔦が張り巡らされている場所もあり、お城であるというのにも気取っておらず、まるで自然と一体化している。

「お手を煩わせてしまって、ごめんなさい。キキミック」
「ふん、まったくオズ様も何を考えていらっしゃるのか。人間を里に招くなどと、前代未聞であるぞ」

 エレノアはキキミックの目の前にしゃがみ込み、視線を合わせる。すると、唐突な距離感に驚いたのか、目玉を大きくしたと思えば、ズザザ!と後退した。

「いっ! いきなりなんだ! 近寄ることは許していないぞ! い、いや? べ、べつに怖くなんてないんだからな!」
「驚かせてしまったかしら」
「お、驚いてなどおらぬ! にっ、人間など、我ら魔族にかかればけちょんけちょんなのだ! けっ、決して、震えてなどいらぬ!」

 怯えていることは一目瞭然であった。部屋の隅っこにぴったりと収まり、ぶるぶると震えている。

「あなたは過去に、人間に嫌なことをされたのね?」

 教えてくれないかもしれないが、エレノアはキキミックに問うてみたかった。

「人間は、帝国の、人間は、父様と母様を、このキキミックの目の前で斬殺したのだ!」

 予感はしていた。いや、本当は受け入れたくはなかったのかもしれない。どうして魔族が人間を憎むのか――その理由をオズから直接聞いたわけではなかった。
 人間が魔族に酷い仕打ちをした。だから、憎まれている。だけれども、それでも、我が祖国は女神を崇める慈愛に満ちた国であるのだと信じていたかった。

 だが、これが現実なのだ。エレノアは、悲痛な叫びをただ受け止めた。

「人間は、まるで見せしめのように、父様と母様の亡骸を串刺しにし……あえて、あえて……このキキミックの目の前に差し出してきた! 悲しかった…! 恐ろしかった…! よくもそのようなことができる!!」

 エレノアはショックのあまり、声を出すことができなかった。

(串刺しに…?)

 キキミックは感傷的になると、愕然としているエレノアの前までとことこと歩いてくる。泣きそうな目で毛玉のような魔族を見つめるエレノアに、バツの悪そうな顔を向けてきた。

「何故おまえが泣きそうなのだ」
「…ごめん、なさい。私、あなたになんと謝れば――」
「もう、よい。そう謝罪ばかりされたとて、我らの怨嗟は断ち切れぬ」

 何も知らず、離宮にてのうのうと生きていた己を恥じる。たまらずにエレノアはキキミックの丸い躰を抱き締めた。

「ぬぁ! 何をする! 離せ!」

 毛を逆立てて手足を動かすキキミックの力は、人間の私にも及ばなかった。

「あなたが生きていてくれて、よかったわ」
「…は、あ?」
「だってきっと、あなたのお父様とお母様は、キキミックに生き延びてほしいと願ったはずだもの」
「な…にを」
「…人間が、ひどいことをしてしまって、ごめんなさい。怖かったでしょうに、話してくれて、心からありがとう」