(どうしましょう。持ってきたのは良いけれど、誰かに差し入れをするのは初めてで、どのように渡したらよいか分からないわ)
「あ…あの、オズ、お腹が減っていたりしないかしら」
声をかけるとようやくオズの冷たい瞳がエレノアへと突き刺さる。
「口にあわないかもしれないけれど、サンドイッチを作ってきたの。一緒に食べましょう?」
エレノアはサンドイッチが入ったランチバックを広げ、一つ手にもってオズに差し出した。オズはそれをじっと見つめている。
「人間がこしらえたものなど、口にせぬ」
「でも、オズは死にかけていたのよ? はやく元気になるためにもちゃんと食べなきゃだめだと思うの」
「要らぬ世話だ」
「もう、私はあなたが心配なだけなのに」
頑なに受け取ろうとしないオズの横で、エレノアは一口サンドイッチを頬張る。
「ほら、毒なんて入っていないわ」
憎んでやまない人間が作ったものなど、得体が知れないのは当たり前だ。エレノアはくじけることなく、オズに誠意を見せる。
オズはしばらくエレノアを見つめると、ゆっくり手を伸ばした。
ランチバックの中に入っていたサンドイッチを一つ掴むと、口の中へ運んだ。
(た、食べた!)
エレノアは胸が熱くなり、猛烈に感動した。
「ど…どうかしら」
すると途端に恥ずかしくなってくる。軽食ではあるものの、はじめて誰かに手料理を振舞ったのだ。
しかも、相手がオズであることが妙にエレノアの緊張をあおった。
「どうもせぬ」
「お、美味しいかしら? それとも口に合わなかったかしら?」
「魔族は本来、人間とおおよそ同じものを食う」
「そう…!ならよかったわ。事前に聞くこともなく作ってきてしまったものだから、失礼があったかもしれないと思ってドキドキしてしまったの」
(魔族は人間だけを食べるわけではなかったのね…)
考えてみれば恐ろしいことだが、エレノアの頭からこれがすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。神話でも伝え聞かされていた魔族は、むさぼるように人間を食らうとされていた。
その姿は忌々しく、凶悪であったため、これを人間たちは女神オーディアの力を借りて追い払ったのである――と。
エレノアは頭をふるふると振って、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。
「まだまだたくさんあるのよ? おかわりどうぞ」
一つ目のサンドイッチを平らげたオズの手のひらに置くと、オズはエレノアを静かに見つめる。月のような瞳には、拒絶はなかった。黙ったまま受け取ると、オズはエレノアと並んでそれを頬張った。
美味しいともまずいとも言ってはくれないが、エレノアはまず、オズが自分がこしらえたものを口にしてくれている事実がうれしかった。
「ねえ、オズの好物があれば、聞いてもいいかしら」
光る鱗粉を振りまく蝶がふわふわと飛んでいる。
「ない」
オズは眉をぴくりともせずに答えた。
「…ひとつも、ないの?」
「ない。一般的な魔族とは違い、俺は二十日食わずとも生きてゆける。故に特に思い当たらぬ」
エレノアは持っていたサンドイッチを落としそうになった。
「オズにとって、食事ってどんなものなのかしら」
「煩わしいものだ」
「でも…人間は美味しいのでしょう?」
「あのような愚かしいもの、俺は食わぬ」
サンドイッチを食べながらする話ではなかった。だが、オズは人間を食らったことはないのだという。エレノアのことをあれほどまでに“食い殺す”と威嚇していた魔族の男が。
「食べないの?」
「食わぬ」
「でも、憎いのよね?」
「ああ、憎い」
エレノアはそれでも、オズのそばを離れるという選択を取ることができなかった。恐ろしい存在だというにもかかわらず、オズという男が気になって仕方がない。
「私、やっぱりどうかしているのね。恐ろしいはずなのに、オズのこと、魔族のこと、もっと知りたいと思っている」
オズの傷はほぼ完治に近いほどに治癒が進んでいる。そうすれば、オズはこの場に留まることはせずに、この世界のどこかへと飛び立ってしまうのだろう。
どうすれば、オズとより長い時間を過ごすことができるものか。どうすれば、オズが己を受け入れてくれるのか。エレノアは、はじめて強い欲望を抱いた。
「思えば私も、好物なんてなかったかもしれないわ」
流れる霧がエレノアとオズを包み込む。銀色の瞳が粛々と向けられた。
「毎日提供されるものは、女神の祈りが込められた聖なる豆と、聖なる卵と、聖なるパン。もちろん、とてもありがたいものなのよ? 大地の恵みに感謝していた。だけれど、それが好物になったかと言われたら……そうではなかったのかもしれない」
「あ…あの、オズ、お腹が減っていたりしないかしら」
声をかけるとようやくオズの冷たい瞳がエレノアへと突き刺さる。
「口にあわないかもしれないけれど、サンドイッチを作ってきたの。一緒に食べましょう?」
エレノアはサンドイッチが入ったランチバックを広げ、一つ手にもってオズに差し出した。オズはそれをじっと見つめている。
「人間がこしらえたものなど、口にせぬ」
「でも、オズは死にかけていたのよ? はやく元気になるためにもちゃんと食べなきゃだめだと思うの」
「要らぬ世話だ」
「もう、私はあなたが心配なだけなのに」
頑なに受け取ろうとしないオズの横で、エレノアは一口サンドイッチを頬張る。
「ほら、毒なんて入っていないわ」
憎んでやまない人間が作ったものなど、得体が知れないのは当たり前だ。エレノアはくじけることなく、オズに誠意を見せる。
オズはしばらくエレノアを見つめると、ゆっくり手を伸ばした。
ランチバックの中に入っていたサンドイッチを一つ掴むと、口の中へ運んだ。
(た、食べた!)
エレノアは胸が熱くなり、猛烈に感動した。
「ど…どうかしら」
すると途端に恥ずかしくなってくる。軽食ではあるものの、はじめて誰かに手料理を振舞ったのだ。
しかも、相手がオズであることが妙にエレノアの緊張をあおった。
「どうもせぬ」
「お、美味しいかしら? それとも口に合わなかったかしら?」
「魔族は本来、人間とおおよそ同じものを食う」
「そう…!ならよかったわ。事前に聞くこともなく作ってきてしまったものだから、失礼があったかもしれないと思ってドキドキしてしまったの」
(魔族は人間だけを食べるわけではなかったのね…)
考えてみれば恐ろしいことだが、エレノアの頭からこれがすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。神話でも伝え聞かされていた魔族は、むさぼるように人間を食らうとされていた。
その姿は忌々しく、凶悪であったため、これを人間たちは女神オーディアの力を借りて追い払ったのである――と。
エレノアは頭をふるふると振って、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。
「まだまだたくさんあるのよ? おかわりどうぞ」
一つ目のサンドイッチを平らげたオズの手のひらに置くと、オズはエレノアを静かに見つめる。月のような瞳には、拒絶はなかった。黙ったまま受け取ると、オズはエレノアと並んでそれを頬張った。
美味しいともまずいとも言ってはくれないが、エレノアはまず、オズが自分がこしらえたものを口にしてくれている事実がうれしかった。
「ねえ、オズの好物があれば、聞いてもいいかしら」
光る鱗粉を振りまく蝶がふわふわと飛んでいる。
「ない」
オズは眉をぴくりともせずに答えた。
「…ひとつも、ないの?」
「ない。一般的な魔族とは違い、俺は二十日食わずとも生きてゆける。故に特に思い当たらぬ」
エレノアは持っていたサンドイッチを落としそうになった。
「オズにとって、食事ってどんなものなのかしら」
「煩わしいものだ」
「でも…人間は美味しいのでしょう?」
「あのような愚かしいもの、俺は食わぬ」
サンドイッチを食べながらする話ではなかった。だが、オズは人間を食らったことはないのだという。エレノアのことをあれほどまでに“食い殺す”と威嚇していた魔族の男が。
「食べないの?」
「食わぬ」
「でも、憎いのよね?」
「ああ、憎い」
エレノアはそれでも、オズのそばを離れるという選択を取ることができなかった。恐ろしい存在だというにもかかわらず、オズという男が気になって仕方がない。
「私、やっぱりどうかしているのね。恐ろしいはずなのに、オズのこと、魔族のこと、もっと知りたいと思っている」
オズの傷はほぼ完治に近いほどに治癒が進んでいる。そうすれば、オズはこの場に留まることはせずに、この世界のどこかへと飛び立ってしまうのだろう。
どうすれば、オズとより長い時間を過ごすことができるものか。どうすれば、オズが己を受け入れてくれるのか。エレノアは、はじめて強い欲望を抱いた。
「思えば私も、好物なんてなかったかもしれないわ」
流れる霧がエレノアとオズを包み込む。銀色の瞳が粛々と向けられた。
「毎日提供されるものは、女神の祈りが込められた聖なる豆と、聖なる卵と、聖なるパン。もちろん、とてもありがたいものなのよ? 大地の恵みに感謝していた。だけれど、それが好物になったかと言われたら……そうではなかったのかもしれない」