(彼は私の手で救いたい)

 孤独を宿す男の瞳が、どうにも自分と重なって仕方がなかった。

「治れば、おまえを殺すやもしれぬのにか?」
「そうかもしれない。でも、放っておけないの。あなたのこと、治させて」

 どうか、はやく癒えてほしい。エレノアは直向きに願った。

「──……命知らずな娘だ」

 ──ザアアアア。

 美しい魔族が粛然と口を開いた時、立ち込めていた霧がみるみるうちに晴れていく。木々がなぎ、草木が揺れる。小川の畔を見たこともない鮮やかな蝶が飛び交った。

「来た道を去れ、じきに日暮れだ」
「えっ…あの!」

 男が力なく手をかざすと、その腕に赤い紋章が浮かびあがった。神秘的な力は深い森を一閃し、いくら探しても見つからなかったはずの出口が現れたのだ。

(いったい何が起こっているの?)

 目を見張るエレノアだったが、瞬きをした次の瞬間には愛馬のレックスの背に跨っていた。ほんの一瞬の出来事だった。
 魔族の力であるというのか、男が紋章の浮かぶ右手を振りあげると、愛馬が森の出口に向かって前進する。

(このまま森の外に帰されてしまう)

「ねえ……待って!」
「……」
「私、あなたの名前を、まだ聞いてもいないわ…!」

 馬から降りようにも躰が鉛のように固定され、身動きが取れない。

 もう会えぬかもしれない。たった一度、迷い込んだ森の中で出会っただけの異種族の男。己を食らうと威嚇をする恐ろしい存在。だが、エレノアは後ろ髪が引かれる思いだった。

 慌てて振り返ると、クスノキに背を預けている男が薄い唇をゆっくりと動かしているのが見えた。

 ──オズ。
 ざわざわと木々が音を立てる。それに混ざったたった二言。呼吸をする程度のほんのわずかな声は、エレノアの耳に届いた。

 おそらく男の名前だ。声を張り上げる前に赤い紋章の浮かぶ手が振り下ろされ、森が口を閉じていった。エレノアは森の外へと追い出されたのだった。