怖い――けれど、卑しく感じない。魔族はとても原始的で美しい。

「庇護を施した、つもりか……忌々しい帝国の……人間……」

 薬草を塗ってやると、男の顔色がわずかながらに血の気が通ったように見受けられた。男は痛みに顔を歪めながら巨木に躰を預ける。
 男は氷のような目でただエレノアを一瞥した。

「あなたがどうしてそのように人間を憎悪するのか……そのお心を私が理解することは難しい。ですが、他人からの善意を疑うなど、あまりに嘆かわしく、悲しいことです」

 女神オーディアによって厄災が沈められてからというもの、ことの元凶となった魔族と人間は互いに住む世界を切り分けたとされている。
 以降、現在に至るまで二つの種族が相交えることはなかったとされていたが――果たして、本当に魔族なるものがこの世に存在していたとは。

「私はエレノアというの。あなたの、お名前は?」
「………」
「どうか教えてくれないかしら」

 先程から口がきける程度には薬草が効いているようだ。
 問いかけに対して魔族の反応はなかったが、エレノアは義務感に駆られて傷の手当てに集中する。ポーチから包帯を取り出すと、特別な祈りを施した。

(冷たくて、とても悲しい瞳)

 エレノアは静かに男を見つめた。

「人の娘。おまえは、俺が……恐ろしくはないのか」

 地面が震えんばかりの低い声は、この森と共鳴しているようだ。
 この男は何故、これほどまでに人間への怨嗟を膨らませているのか。

「恐ろしいか恐ろしくないかと聞かれたら、すごく………恐ろしい」
「ならば、何故助けた」
「ただ、死んでほしくなかった。あなたがたとえどんな存在であろうとも、命というものはとても尊いものよ」

 男の躰に包帯を巻いてやり、最後に今一度女神オーディアへ声を届ける。エレノアにできることは、祈ること――それだけだ。

「その傷では当分はこの場から動くことができない。だから、できれば完治するまでは、あなたの手当をさせてくれないかしら」