「では、今日は新しい献立の採用試験を行います。半刻後、出来上がった料理を食べて決めますので、各自出来次第私の所に持ってくるように」
「「はい!」」
尚食の話が終わったのを皮切りに、私を含めた4人が一斉に動き出した。
これは、数か月に一度開かれる新メニューを決めるコンテストのようなもの。
私の腕を認めてもらう絶好のチャンス到来!
私はこの日のために数日前から準備してきた。
メニューはとんかつ。
下準備さえしておけば後は揚げるだけ、という点も食堂メニューにもってこいだ。
食材の準備から始めた私は、前日から用意しておいたはずの食材が足りない事に気づく。
仕方ないので、私は食品が保管されている倉庫に取りに向かった。
「卵と……、あと大根……」
と、探していた時、
――バサッ
と、なにかで頭から覆われて視界が奪われた。そして次の瞬間には足を取られて袋ごと転倒。体を床に強く打ち付け、そのあまりの痛みに目に火花が飛ぶ。突然の出来事に恐怖とパニックで声が出ない。
それから、犯人は手際よく袋の口を足の方で縛ると、ご丁寧に袋の上から腹の部分を腕ごと更に縛っていく。おかげで私は手も足も動かせない状態になってしまった。
しばらくして倉庫の戸が閉まる直前、くすくすという聞きなれた笑い声が複数耳に届く。
おそらく、昭儀さまの侍女だろう。
油断した。
まさか、こんなことまでしてくるなんて。
そこはかとない悔しさがこみ上げてくる。
どうして邪魔をするの。
なぜ、こんな仕打ちを受けないといけないの。私がなにをしたって言うの……。
せっかく、夢にもっと近づけるチャンスだったのに。
悔しい。
「だ、誰かー! 助けて! 誰かー!」
しばらく叫んだけれど、人の気配は疎か物音一つしない。この食品保管庫は、温度を一定に保つために壁も厚く作られているせいできっと声も届かないだろう。
仕方がないと私は諦めて、横になったままその場で目を閉じた。
*
今日のコンテストで作るはずだったとんかつを、雲嵐の前に差し出すと「これはなんという料理だ」と驚きの声が上がった。
「豚の揚げ物よ」
食品庫に閉じ込められた私は、コンテスト終了後に、私が居なくなったことを不思議に思った尚食局の人が探しにきてくれたおかげで事なきを得た。
打ち付けた体が痛むくらいで大したケガはせずに済んだけど……、当然コンテストには参加できなくて、悔しい思いをする羽目に。犯人も証拠がなければ捕まえることはできないからと、この件はなかったことにされてしまった。
「お前の料理は、どれも独創的でいて美味いな。大した腕だ」
美味しいと言って、雲嵐はとんかつをあっという間に平らげる。いつも思うけど、ホントよく食べる。作り甲斐があって大変よろしい。
「どうしてこんなに料理が達者なんだ?」
「私、料理人になるのが小さい頃からの夢だったのよ」
胸を張って言えば、雲嵐は「初耳だな」と言った。
小さい頃どころか、前世からの夢よ。
前世では果たせなかった夢が、今叶いつつある。そんなの、頑張るに決まってる。
「私の父が料理人だったの。父の料理を食べるのが好きで……、私と母がそれを美味しそうに食べるのを見る父の幸せそうな顔も大好きだったから……。私も料理で誰かを幸せにできたらって思ってたの」
前世での数少ない両親との思い出。
思い出と言うには朧げだけど、大切な記憶は色あせることなく転生した今も私の胸を温めてくれる。
この夢があるから、私は嫌がらせをされても耐えられる。
今日の出来事はさすがに応えたけど。
「そうか、良き家族に恵まれたんだな」
「雲嵐のご両親は?」
「……俺の話はいい。――ところで、今日はどうした」
「え?」
「元気がない」
いつも通りにしていたつもりなのに……。
「ば、ばれちゃったぁ? ちょっと仕事で失敗し――」
えへへと笑って頭をかいた私の手を雲嵐が掴み取る。そして、「なにがあった」と真剣な声音で言う雲嵐に観念した私は、嫌がらせにあって参加できなかったことを簡単に”閉じ込められた”とだけ説明する。雲嵐に余計な心配はかけたくなかったから。
「犯人に心当たりは?」
私は首を横にふる。あらかた、昭儀さまの侍女だろうとは思うけど、証拠もないので言うのは憚られた。それに、言ったところで、昭儀さまに逆らうようなことはできないのだからそれは無意味だ。
「許せないな……」
私の手首を掴むその手に力が入る。
雲嵐のそのたった一言で、押し殺して奥深くに埋めていた苛立ちや悔しさ、腹立たしさが再び掘り起こされ、感情が刺激された。
「あ……」
あ、ダメだ。
雲嵐の手のぬくもりと私の心に寄り添う言葉に、こみ上げてくるものを抑えられなくて、私はみっともなくぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
どうしよう、止まらない。
「さぞ悔しかっただろう」
ずっと、耐えてきた。
身分がすべてのこの世界で、私にとって絶対的立場に居る昭儀さまからの攻撃は、耐えるしかなかった。でも、それはあまりにも理不尽で一方的で、私は彼女の悪意によってぎゅうぎゅうに押しつぶされてしまっていたんだと、今気づいた。
「うん……、くや、しかった……」
背中に、雲嵐の手が触れて、そのままそっと抱き寄せられた。
「気が済むまで泣けばいい」
「……っ、うぅぅ~」
誰も居ない食堂の片隅で、雲嵐は私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。ずっと耐えて、いつしか凍ってしまっていた心が、確かにゆっくりと溶かされていくのを、私はこの時感じていた。