王位継承権第5位の末席の王子だった俺は、現皇太后である母親の手腕によって政権争いの末、玉座を経た。母親は、自分が皇太后になりたいがために、時には重臣たちを色仕掛けで懐柔するなどありとあらゆる手段を使い俺を今の地位にのし上げた。

 その争いに巻き込まれ、小さい頃から刺客を送られたり、毒を盛られたりと命の危険と隣り合わせだった俺は、気づいた時には食べ物の味を感じることができなくなっていた。

 なにを食べても味がしない食事の時間はいつだって苦痛でしかない。かと言って食べなければ死んでしまうから、最低限の食事を取るようにする日々だった。

 そんなある日。

 時折、宦官の格好で後宮の様子を伺っていた俺は、厨房から漂う”美味しそうな香り”に誘われる。食べ物の匂いを美味しいと感じたのすら、久しぶりで気づけば足は食堂へと向かっていた。

 そう、これが鈴風との出会いだった。

 鈴風の作った焼き餃子を一口食べた瞬間感じた”味”。
 その美味しさに、箸が止まらなくてあっという間に食べてしまったのを思い出す。きっと鈴風からしたらさぞ滑稽に見えただろうな、と苦笑がもれる。

 しかし、味覚が戻ったのかと思ったら、そうではなかった。
 翌朝、宮廷の料理人が作る朝餉は、いつもと同じで味が感じられなかった。
 なぜだか知らないが、鈴風の作る料理だけが味があって、この上なく美味かった。

 嫌な顔一つせず俺に料理を作ってくれる鈴風は、素直で裏がなくて居心地が良くて、気づけば彼女との時間が唯一の俺の楽しみになっていた。喜怒哀楽が豊かで、父親の背中を必死に追いかけるその健気な姿に、俺の心が揺さぶられる。

 素性を明かすつもりは毛頭なかったのに、次第に鈴風を知っていく内に、本当の俺を見てほしいという感情が沸き始めた。

 言ってしまおうか……、しかし、そうしたら鈴風は、今みたいに接してくれなくなってしまうかもしれない……。

 そんな葛藤に悩まされていた頃、鈴風が池に突き落とされる事件が起きた。

 西方の使者団を迎え入れる準備に追われて鈴風の所に顔を出せなくなって半月。
 やっとのことで空いた昼の時間で一言謝りに行こうと後宮を訪れた俺は、偶然にも池に鈴風が突き落とされる場面に遭遇したのだった。

 青白い顔でぐったりと意識を失う鈴風を抱きしめながら、俺は意志を固めた。

 ――鈴風は、俺が守る。

 たとえ、彼女の夢を奪うことになって、嫌われたとしても構わない。
 大切な人を守るためなら、俺は、俺が持て得るすべてを使うと心に決めた。